ルミエーラ

6.遠く離れていても

王都、アルセにある王宮の廊下をそっくりな双子が歩いていた。
 フレイドルとイドルスだ。
「お前はやりすぎだ。ヴィクトリア王女の髪の毛を切ってしまう必要はないだろ」
「はあ? ただの髪だろ何大騒ぎする必要があるんだ?」
 フレイドルの説教にイドルスは首を傾げながら答えた。罪悪感はないらしい。
 そんな二人の前に小柄な影が立ちはだかった。
「ちょっと今の話いいかい?」
 黒髪を後ろで一つに束ねて貴族の男性の衣装を着ている。剣の稽古をしていたようだ。
「「クレア王女殿下……」」
 二人は冷や汗をかいた。今の話を聞かれたようだ。
「で、ヴィクトリアに何をしたって?」
 黒いものを後ろに背負いながら王女は言う。
「こいつがヴィクトリア王女殿下の髪の一部を切ってしまって……」
「わざとじゃないんです!」
 二人は正直に言った。彼女は嘘を許さない。
「へえ……」
 青い瞳が細められる。
「だってさ、ラチカ」
 柱の陰に向かってクレアは言う。
「ヴィクトリアお姉さまの髪を切ったですって……!」
 柱の陰から背中の中ほどまでの黒髪の少女が出てくる。黒いものをこちらも背負っている。
「「ラ、ラチカ王女殿下……」」
 ますます冷や汗が出てくる。
「そこに直りなさい! ヴィクトリアお姉さまの髪を切るなんて身の程を知るがいいわ!」
 廊下にはラチカの怒鳴り声が響いたのだった。


「相変わらず姉思いだね。ラチカ」
 フレイドルとイドルスが震えながら去ってしまうとクレアは言った。
「ヴィクトリアお姉さまは私に優しくしてくれましたもの……」
 ラチカはほほ笑んだ。
「そうね。誰からも顧みられなかったあたしたちをヴィクトリアと第二王妃のステラさまだけが愛しんでくれた……」
 クレアはそう言ってどこか遠くを見るような目をした。
「ところでクレアお姉さま」
「何? ラチカ」
「ステラさまの事なんですが変だと思いません?」
「変って何が?」
「彼女の死です」
「……彼女は病気で亡くなったと聞いているけど……」
 クレアは不審な顔で妹の顔を見た。
「ええ。でもステラさまは突然のように病気になられました。……変だと思いません?」
 クレアは妹の言いたいことが分かった。だが廊下では誰が聞いているか分からない。
「部屋に行こう」
 そこでラチカを自分の部屋に誘った。
「ラチカはステラさまが毒を盛られたと言いたいの?」
 部屋に行くと声を潜めてクレアは訊いた。
「おそらく……。ゆっくり効く毒薬とかあると聞きます」
「でも誰が……ってまさか!?」
 クレアは気が付いた。あのころ母親が綺麗な青い花のついた草を手に入れたのを見たことがある。あれが毒草だったとしたら……。
「お母さまが毒を盛ったっていうの?」
「お母さまというよりその周辺のものだと思います。お母さまはステラさまのことを疎んでいましたから」
「十年前にお母さまが行動を起こす理由……。もしかしてエルドが生まれたから……」
「おそらく。男の子が生まれたことでわが子である第一王子が王太子になれないかもしれない……。焦ったお母さまが行動を起こしても不思議はないですわね」
「確かに。お母さまは権力に執着している……。馬鹿だと思うけどね」
「そうですわね。私たちのことを放っておいて年ごろになったから縁談を持ち込むだなんて……。腐ってますわ……」
「本当に腐っているのはおじいさまだけどね……」
 苦笑しながらクレアが言った。
「クレアお姉さまの言うとおりですわね。ヴィクトリアお姉さまを捕まえて戦争を起こそうだなんて愚かにもほどがありますわ」
「だね。でもヴィクトリア無事だといいな……」
「遠く離れていても私たちは繋がっている」
「それは誰のセリフ?」
「ヴィクトリアお姉さまですわ」
「そうか……。あの子が……。なら信じようかな……」
 クレアはそう言って窓の外を見た。
 窓には雲がぷかぷかと浮かんでいたのだった。
20/43ページ
スキ