ルミエーラ

「大きな時計塔ね……」
 ヴィクトリアは時計塔を見上げた。
 ヴィクトリアたちは時計塔の下にいた。
 繊細な様式の白い時計塔は数百年前に建てられたものだという。
 ちょうど鐘が鳴るところだった。
「変わった音ね……」
 思わず呟く。
「この町のシンボルだからね。それにこの時計塔は寺院の時計塔なんだよ」
 隣を見ると立派な寺院があった。
「なるほど……。でも音が面白い」
「うん。十五分ごとに鳴るんだ」
「へえ……。……!!」
 感心していると肩をつかまれた。
 そのまま抱きすくめられる。
「よかった……無事で……」
 その声に聞き覚えがあった。
「グレイ?」
「ああ……」
 ほっとしたのか強く抱きすくめられる。
「伯父さんも無事でよかったよ」
 ルイボスもほっとしたようだ。
「それにしても髪……」
 一部髪が肩まで切れているのに気づいたらしい。
「これ? なんか金髪を刈り込んだそっくりな二人組の片方にやられた」
「どっちだ? 右頬に十字傷がある方か? それともないほう?」
「ある方だと思う……」
 ヴィクトリアは思い出しながら答えた。斬りかかってこられたら髪が切れた。髪だけでよかったと思っているが。
「イドルスの方か……」
 グレイが苦々しそうな顔をした。
「知ってるの?」
「教え子だ」
 ヴィクトリアの質問に簡潔にグレイは答えた。
「フレイドルとイドルス。そっくりな双子なんだ。フレイドルの方が兄で冷静。イドルスは弟で好戦的でかっとなりやすいんだ」
「確かに十字傷の方が好戦的だったけど……」
 ヴィクトリアはそう言えばと思った。
「だけどヴィクトリアの髪を切るなんてひどいと思う。ねえ、グレイ伯父さん」
「ああ。……あとで〆る」
 グレイは険しい顔で言った。
「別に気にしてないのに……」
「「よくない!!」」
 ヴィクトリアの言葉に二人は同時に言った。
「だって女性の髪だよ? それを切るなんて許せないことだ」
「ああ。特にヴィクトリアのは見事だしな。レディの扱い方がなってない」
 なんで切られた本人より憤ってるんだろう。ヴィクトリアはそう思った。
「それより宿に行きましょうよ。私疲れちゃった。」
 話を変えようとしてヴィクトリアは言った。
「それもそうだな。今回は知り合いの家に泊まるぞ」
「「知りあい?」」
 ルイボスとヴィクトリアはきょとんとした。
「ああ。信用できる人だから安心しろ」
 そう言ってやってきたのは街の中でも大きな屋敷だった。
 鉄製の門には雪の結晶みたいなのがところどころ見える。門の後ろには広大な庭が見えた。
 随分古そうな屋敷でこの国の様式ではなさそうだった。
 そう思えたのは屋敷に随分大きな窓があちらこちらに取り付けられていることと門に飾りがあることだった。
 アルセリアでは窓はあまりない。あったとしても随分小さいのが当たり前で門に飾りはしたりしない。
「ここなの?」
 ルイボスがグレイに訊く。
「ああ」
 頷くと鉄製の門をくぐっていった。
 庭を見渡すとここにも違いが見えた。
 かなり整えられていた。ウサギ型にされた木があったり迷路があったりした。
 アルセリアでは庭は整えるがあるがままにといった感じでここまで整えたりしない。
 グレイが木製の大きなドアをたたくと中から人が出てきた。
 黒いフレームの眼鏡をかけた薄茶色の髪の人物だった。眼鏡の奥の琥珀色の瞳はつりあがっている。
「あなたでしたか。グレイ」
 青年が口を開いた。
「よお。ビリー」
 グレイが手をあげる。
「何の用ですか?」
「泊めてほしいんだ」
 グレイの言葉にビリーと呼ばれた青年はヴィクトリア、ルイボスの順に見てヴィクトリアをもう一度見た。
「なるほど……。事情は分かりました。入りなさい」
「悪いな」
 グレイはそう言って中に入った。
「二階の部屋をそれぞれお使いなさい。あとは好きに動いて構いません」
「ありがとうございます。ビリアンさん」
 ヴィクトリアはお礼を言った。
 青年は本名をビリアン・ルーアンと言ってコールマ王国の出身らしい。
「ビリーでいいですよ。みんなそう呼びます」
 ビリーはほほ笑んだ。
「じゃあそう呼ばせていただきますね。ビリーさん」
「ふふっ。ステラを思い出します」
「母を、知っているんですか?」
「ええ」
 ビリーは頷いた。
 二〇代後半にしか見えないが見た目より上なのだろうか。ヴィクトリアはそう思ったが今は訊かないことにした。
「では失礼します」
「何か必要なものがあったらメイドに頼んでください」
 その声を後ろに部屋に入った。
 部屋の中は花模様の壁紙に青いビロードの絨毯をひいてあった。ベッドは天蓋付きで部屋の隅に金細工がところどころ飾ってあるタンスや白い木製の机と椅子があった。
「さてと……」
 椅子に座るとメイドを呼んだ。
 そしてあるものを頼んだ。
 不思議がっていたがしばらくして持ってきた。
 メイドが去るとあるものを机の上に置いて見つめた。
「覚悟を、決めなきゃね……」
 金色の髪をしばらくいじっていたが決意を決めたのか机の上に置いてあったあるものことハサミを手に取った。
 そしてハサミを髪にあてると……
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