ルミエーラ

「本当にこっちであってる?」
 いつまでも続く森にしびれを切らしてヴィクトリアは訊いた。
「あってるよ。……たぶん」
「本当にあってるの!?」
 付け加えた言葉にヴィクトリアは思わず叫んだ。
「だってここ木ばっかりなんだもの。分かんないよ。でもさっき見たとき太陽が森の左の方に沈んでいたからこっちで会っていると思う。北に進めばいいんだから……」
「なら大丈夫ね。でもそろそろ歩くのやめた方がいいと思うわ。暗い森の中を歩くのは危険よ」
「へえ。分かっているじゃないか」
 そう言ってルイボスはにやりと笑った。ヴィクトリアの成長が嬉しいのだろう。
 その笑みがグレイに似ている。ヴィクトリアはそう思った。
 二人は小枝を集めて薪を作った。
「……」
「……」
 しばらく二人は無言でいた。
 ぱちん
 薪がはじける音がした。
「なあ」
「なあに?」
 ヴィクトリアはルイボスの方を向いた。
「城にいたころの事って覚えているか?」
「少しは……」
 ヴィクトリアは答えた。
「第二王妃様ってどんな方だった?」
「すごく優しくてきれいな人だった。髪は赤で私と同じ翡翠の瞳だった。私はお母さまの緩やかなウェーブの髪に触るのがとても好きだったわ。私はお母さまに似ているといわれているけど、私は私でお母さまとは違うと思うわ」
「ああ。そうだね」
 ルイボスは頷いた。そこでふと気が付いた。
「赤い髪か……、君の金髪とは違うね」
「ええ。お父さまが金髪なの。お父さまは金髪にすみれ色の瞳だったわ」
「へえ。国王陛下が……。僕はまだお目にかかったことはないな」
「そうなの?」
 ヴィクトリアは不思議そうな顔をした。
「はあ……」
 ルイボスはため息をついた。
「何よ」
 むっとしてルイボスを睨む。
「国民全員が国王陛下に会えるわけじゃないんだよ」
「そうなんだ……。グレイは会ったことあるって言っていたけど……」
「グレイ伯父さんは特別。あの人はすごいしね」
「やっぱりグレイはすごいのね」
「ああ。あの人は最高さ」
 ルイボスが熱を込めていった。
 そこから二人はグレイのすばらしさで盛り上がったのだった。
 その声がだんだんと小さくとなりやがて二人は眠りについた。
「ん……」
 ヴィクトリアは目を開けた。
「え?」
 そこで驚いた。
 目の前に茶色の髪があったのだ。
 どうやらすぐ隣でルイボスが眠っているらしい。
「えええええええっ!」
 ヴィクトリアは悲鳴をあげた。


「あ~。耳がじんじんする……」
 ルイボスが耳を押さえながら言う。
「ご、ごめん……」
 ヴィクトリアはシュンとした。
 あのあとヴィクトリアは悲鳴でルイボスを起こしてしまったのだった。
「まあいいよ。それよりあと少しで森から出れるよ」
「本当!?」
 ヴィクトリアは瞳を輝かせた。
 その輝く翡翠の瞳を見ながら素直な子だなとルイボスは思った。
 黙々と歩くとやがてぽっかりと穴の開いた空間が見えてきた。
「ほら出口だ」
「本当だ。よかった~」
 ヴィクトリアはほっとした。
 そこでルイボスはあることに気付いた。
(この森って盗賊とか危険な野生動物が出る森じゃなかったっけ? 一回も襲われなかったから忘れてたけど……。これもヴィクトリアの力のおかげなのかな……)
「うわあ!」
 ヴィクトリアの歓声ではっと物思いからルイボスは引き戻される。
 森を抜け出たらしい。
 森を抜け出ると街が見えるのだ。
「すごい大きな街……」
 赤いレンガの街、第二の都市、フルーラだ。
「まあね。交易で活発なのさ。この大陸から様々なものが入るはずだよ。でも王都の方が大きいと思うけど……。君知らないの? 王都で暮らしてたんだろ?」
「分かんないわよ。だって王都で暮らしてたのは五歳までで城の外からは出たことないし、それからは森で暮らしててそこから出たことなかったし……」
 むっとしながらヴィクトリアが言った。
「そうか……」
 随分箱入りだなと思いながらも口には出さなかった。
「さあ行こうか」
 ヴィクトリアに言う。
「うん」
 二人は天使が彫ってある大きな木の門をくぐると街の中へと入って行ったのだった。
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