ルミエーラ

それから何日かはヴィクトリアは退屈な時間を過ごした。それと同時にグレイがどこかに出かけることが多くなった。
 何をしているかが分からなかったが訊こうにも訊けなかった。
 その謎が解ける日がやって来た。
「ヴィクトリア。来てくれ」
 グレイに呼ばれて階段を下りていくと彼は大きな荷物を持っていた。
「どこか行くの?」
 ヴィクトリアは訊ねた。
「ああ。俺たちは逃げなきゃいけない」
「どうして!?」
 ヴィクトリアは戸惑った。なぜ住み慣れたここを離れなければいけないのか。
「ヴィクトリアがあった男の人がいただろう?」
「ええ……」
 胸に剣がクロスした紋章をつけていた男の人だと分かった。
「あれはアルセリア王国の王立騎士団の者だ」
「アルセリア王国の……?」
 それはヴィクトリアが生まれた家――アルセリア王家を守る騎士団の名前だった。
「それがどうしたの?」
「そろそろ話してもいいころだな」
 そう言ってグレイが話しはじめたのは信じられないことだった。
 母の死後間もなく多くの人がヴィクトリアに寄ってきた。それがヴィクトリアには訳が分からなくて怖かった。そこをセイロンに救われてグレイに預けられた。
 多くの人が寄ってきたのはヴィクトリアが光の子ルミエーラだったからだ。ヴィクトリア自身を見ているわけではない。
 さらにグレイによるとヴィクトリアの力を狙って大臣たちが王立騎士団を差し向けているという。
「つかまるとどうなるの?」
「一生城の中から出られなくなる」
「そんな――」
 ヴィクトリアは絶句した。それじゃあ自由何てないではないか。
「それに森は人があまり近づかないところでもある。なのにそんなところに王立騎士団の者が来た。おかしいじゃないか」
「それは確かに」
ヴィクトリアは頷いた。森は畏怖と尊敬の場。人があまり近寄らない場所。森を恐れている王家の騎士団がここに来るのは確かにおかしい。
だが、命令だったら王立騎士団でも森に入る。彼らは命令を受けたのだろう。ヴィクトリアを捕えよと。
「どうする?このまま大人しく捕まるか?」
「それは嫌」
 きっぱりと言ったヴィクトリアにグレイは満足げな顔をした。
「ここの場所も間もなくばれる。ここから逃げよう」
 そう言って大きな白いリュックを差し出した。
「ここにお前の必要な荷物が入っている。受け取れ」
 ヴィクトリアは受け取った。
 受け取るのを確認するとグレイは裏口に向かった。ヴィクトリアもあとに続く。
 裏口から出るとうっそうとした森にでた。
「どこに向かうの?」
「妹の所だ」
「妹!?妹なんていたの!?」
ヴィクトリアはグレイに妹がいたことにびっくりした。
「あ、ああ。まあ話すことでもないと思ってな」
「妹さんどこに住んでいるの?」
「グレミアと言うリーラから町二つ過ぎたところにあるのどかな町さ」
「そう……」
 しばらく二人は無言で歩き続けた。
そして――
「出口だ」
 グレイが言った。
 このリーラの郊外にある森はリーラとアーモという町にまたがる。規模はそんなに大きくなく明るければ半日で通り抜けられる。
 ヴィクトリアたちが出たのはアーモ側の出口だ。
「今日はアーモで宿を取ろう」
「もう?」
 ヴィクトリアはきょとんとした。まだ明るいのに。
「まもなく夕方になる。そんななか道を歩くのは危険だ。荒くれ者に襲われる」
「ふ~ん」
 ヴィクトリアは感心した。そう言うものなのか。
 二人は間もなくアーモについて宿を取った。
 宿の中は質素でベッドと箪笥しか置いていない。
「ここで待っていてくれ」
グレイは部屋について間もなく外に出てしまった。
手持無沙汰になったヴィクトリアは白い壁紙をぼんやりと見つめていた。その白い壁紙が五歳まで過ごした城の自室を思い起こさせた。
(懐かしいな……。あのころは父様もまともだったっけ……)
 母であるステラが亡くなった後父である王は自室にこもってまともに政治をしなくなった。それが原因で大臣たちが好き勝手やり始めたらしい。ヴィクトリアは話をグレイに訊いただけでよくは分からない。それほど母を愛していたのだろう。だが為政者としてはどうなんだろうか……。
 そんなことを考えているとグレイが戻ってきた。
「ご飯と服を調達してきた」
 グレイがそう言って渡してきたのはアルセリア王国の名物、バゲットのサンドウィッチだった。
「ありがとう」
 ヴィクトリアはお礼を言うとかぶりついた。おいしい。
「明日に備えて眠らなきゃいけない。それ食べたら寝るんだな」
 ヴィクトリアは頷いた。
 そして言われたとおりサンドウィッチを食べたらすやすやと眠り始めたのだった。
 次の日――
 ヴィクトリアはいつもより早く目覚めた。
(ここ、どこ?)
 ヴィクトリアはここがどこだか分からなかったが思い出した。
(ああ、そうか……。私はグレイの忠告に従ってアーモへ来たんだ……)
 隣を見るとグレイはまだ寝ていた。
 疲れているのだ。と思った。
 グレイにはすまないことをしたと思っている。グレイは元々はアルセリア王立騎士団学校の先生をやっていたという。王立騎士団学校の先生はすごく名誉職で給料もいいと聞く。それを自分が来たことで捨てさせてしまった……。ヴィクトリアはそう感じていたのだった。
「ん……。朝か……。おはよう、ヴィクトリア」
グレイが目を覚ました。
「おはよう、グレイ」
「ふあああ。さて、朝飯を食ってとっとと次の町へ行かなきゃな」
 大きく伸びをしてグレイが言った。
「次はどこへ行くの?」
「クージュという町。アーモから歩いて三日かかる。そしてクージュから四日離れた所にあるのがグレミア。俺たちの目的地」
「グレミアまで七日かかるのね……」
 随分遠い。ヴィクトリアはそう思った。
「まあ、何事もなければな」
 首をすくめてグレイが言った。
 ヴィクトリアはそれを聞いて不安になった。
(何事もなければ……。って何かあったらどうするの――!?)
 その心配をよそに二人はアーモを出発したのだった。

ヴィクトリアたちが出発した頃、ヴァンザスとイアンはヴェスター伯爵に呼び出されていた。
ワインレッド絨毯がひいてある豪華な部屋の真ん中に禿げ頭の赤い口髭を蓄えている六十代の男が絨毯と同じ色の肘掛け椅子に座っている。ヴェスター伯爵だ。
「この報告は本当なのか?」
 ヴェスター伯爵は手紙を見せながら言った。
 ヴィクトリアが見つかったことを記す手紙だ。リーラから首都、アルセまでどんなに早く馬を飛ばしたとしても五日かかる。なので二人は手紙を書いて先に知らせることにしたのだった。
「ええ。間違いありません。間違いなく彼女はヴィクトリア・ド・アルセリア王女でした。あの輝く緑の瞳と気品あるオーラ。すぐに分かりますよ」
 イアンが言う。
「イアンが言うなら間違いありません。奴の観察眼はぴか一です」
 ヴァンザスも頷く。
「ううむ。だが人違いという可能性も……」
ヴェスター伯爵は慎重だった。
「ヴェスター伯爵。一つだけ彼女が光の子ルミエーラかどうか見分ける方法がある」
 今まで黙っていた立派な口髭を蓄えた黒髪の男が言った。
「カンザス男爵。それは何だね?」
「彼女を危険にさらすのです。光の子ルミエーラはどんな時でも生き残らなければならない。彼女が真に光の子ルミエーラなら危険にさらされたときその力を発揮するでしょう」
「確かに一理あるな」
 ヴェスター伯爵がうなる。
 確かに光の子ルミエーラはめったなことでは死なない。いるだけで勝利をもたらす存在なのだから戦場にも赴くこともある。そのためどんな時でも生き残れるように力が進化したのではないかと言われている。
「クローゼ少尉、クルクス少尉。君たちに命令する。彼女、ヴィクトリア王女を探し出し本当に光の子ルミエーラかどうか確かめよ」
「「ははっ!!」」
 二人は敬礼した。
「よろしく頼む」
 その声を聞くと二人は部屋を退出したのだった。
「ぜひとも光の子ルミエーラの力を我が手に……」
 二人が退出した部屋にはヴェスター伯爵の声が響いたのだった。
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