ルミエーラ

1.すべての始まり

アルセリア王国にある美しい街、リーラ。
その郊外に森があり誰も近寄らない。
森を人々は尊敬と畏怖の目で見ていたからである。
その森に一軒の家があった。赤い屋根を持つその家はおとぎ話に出てきそうな外見をしていた。
 その家から一人の少女が出てきた。癖のある金髪、輝く緑の瞳、白い肌を持つ美しい少女だった。
「じゃあ行ってくるね、グレイ」
「ああ。気をつけてな。ヴィクトリア」
少女の言葉に茶色の髪を後ろで一つにくくっているグレイと呼ばれた男性が頷いた。
「あと迷子になるなよ」
「そんなに子供じゃありません!私、もう一五なんだよ!」
ヴィクトリアは子供扱いにむっとしたのかふくれっ面で言う。
「ははは。そんなこと言っている時点で子供だよ。暗くならないうちに帰ってくるんだよ」
「分かってますよ!それじゃあ行ってきま~す!」
ヴィクトリアはそう言うと森の奥深くへと入っていったのだった。
「早いものだな。時の流れは。あれから十年か……」
グレイはヴィクトリアの姿が見えなくなるとそうぽつりと零した。
そして過去へと思いをはせた。

十年前――。
その日は雨が降っていた。
その頃グレイは騎士団学校の指南役をしていた。
グレイは物音が聞こえたのでドアを開けた。こんな大雨のなか訪ねてくるものは誰だろうと思いながら。
「セイロン!?」
ドアを開けてグレイは驚いた。双子の弟のセイロンが傷だらけで立っていたのだ。腕には五歳くらいの女の子を抱いている。
「……グ…レイ……」
「その傷はどうした!?いったい何があった!?」
グレイは動揺しながらセイロンを中に入れた。口から血がこぼれていてもう少しで死にそうだ。
「グレイ……その子を……頼む……。ステラの……子だ……」
 息絶え絶えという感じでセイロンが言う。
「ステラの子がなぜここにいる?」
 ステラとは国王に二番目に嫁いだグレイたち兄弟の幼馴染だ。アルセリア王国の王女を抱えてなぜセイロンはここへやって来たのだろう?
 グレイは不思議に思った。
「その子は……光の子ルミエーラ……だ……。利用されない……ように……逃がしてやってくれと……死ぬ前にステラ……から頼まれた……」
「……そうか……ステラとの……」
 ステラが一週間前に死んだことはグレイも知っていた。そのステラの頼みだったらセイロンが命がけでその子を守ったことは想像に難くない。なぜなら二人はステラを守ると誓いを遥か昔に立てたからだ。
「その子の名前……は……ヴィクトリアだ……。どうかその子を育ててやってくれ……我が片割れよ……」
それだけ言うとセイロンは息を引き取った。
後から分かったことだがステラは自分の子が光の子ルミエーラだというのを隠して育てていたらしい。だがステラが死に、隠し事はばれてしまった。
 これ幸いと大臣や第一王妃がその子――ヴィクトリアを幽閉しようと画策した。しかしセイロンはそれを死ぬ前に察知したステラとの約束通りヴィクトリアを命がけで護ってグレイの所へとやって来たことでヴィクトリアの自由は奪われないで済んだ。
 そもそも光の子ルミエーラとはその存在がその場にあるだけで絶対の幸運を与える存在だ。誰もがほしがる存在。それを奪われないように幽閉しようとするのは当然かもしれないがそれではヴィクトリアの自由はないも同然だ。
 ステラは国の繁栄より娘のことを思ってセイロンに託して逃がした。それが分かるからこそグレイはセイロンとステラの遺志を継ぎすべてを捨ててヴィクトリアを人知れず育てたのだ。

「どうかこのまま平穏に暮らせるように……」
グレイはそう亡きステラとセイロンに願った。
 しかし物事はそんなグレイの願いとは裏腹に動いていくのだった。
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