青き真珠

「昴!昴ってば!」
 体をゆすぶられて昴は目を覚ました。
「スピカ……」
 昴は自分を起こした犯人を睨み付けた。
「いつまで寝てるの?今、朝の十時よ」
「ええ!?」
 昴は真っ青になって飛び起きた。いまだかつてこんな遅くまで寝ていたことはない。
「きっと宇宙に出て疲れたのね。ご飯を食べに食堂に行きましょう」
「ああ。――って食堂?」
「うん。食堂。着替えはそこに用意してあるから」
 スピカはそう言うと昴を着替えさせるため部屋を出て行った。
 昴はベッドの横の箪笥の上に置いてあった服を取った。
 青色の軍服だ。スピカが来ていたやつと同じで上着のボタンが金色になっている。袖には三つ星に青い横線がひいてある紋章が描かれている。「COSMOS(コスモス)」の紋章だ。
 黒い編み上げブーツを最後に履いて昴は立ち上がった。
「お待たせ。スピカ」
「昴。……似合うわね」
 スピカは昴を見て言った。青い軍服は彼には似合っている。
「スピカもその軍服似合っているよ」
 青い軍服に金髪は映える。唯一違うのは紋章の横線が赤であることだ。
「それは当然よ。さあ、さっさと行きましょう」
 スピカはそう言って昴の手を引っ張った。
「ちょ、ちょっと!」
 昴は慌てた。
 しかしスピカはそれにかまわずにどんどん進んでいくのだった。
 やがて二人は食堂についた。
 そこには何人かいた。
「スピカ、昴!」
 二人を呼ぶのはカノープスだった。
「カノープス」
 二人はカノープスの元に向かった。
「よく眠れましたか?」
 席に着くと紫の髪の青年が声をかけてきた。眼鏡をかけていてまじめそうに見える三十代くらいの青年だ。
「ええ……」
 昴は誰だろうと思った。
「申しおくれました。私はアルタイル。アルタイル・マクスです。階級は少佐です。以後お見知りおきを」
 紫の瞳を向けて青年は昴に言った。
「俺は……」
「星川 昴だろ?知ってるぜ」
 オレンジの髪の青年が言った。ぱっとみ四十代くらいに見える。
「あなたは……?」
「俺はデネブ。デネブ・クロース。階級は大佐だ」
 ウインクしながらデネブは言った。
「カストルとポルックスは知っているな?で、こいつがコル・カロリ・ルーベンス。階級は少佐。その隣がアルビレオ・ローシス。階級は軍曹長。アルビレオの反対にいるのがプレオネ・リーザ。階級は中佐。プレオネの隣にいるのがカーラ・マリオス中佐。プレオネの親友さ。カーラの隣にいるのがシルマ・クライシス少佐」
デネブは釣り目の青い髪の青年コル・カロリ、赤い髪の陽気な青年アルビレオ、同じく赤い髪のぱっとみ男に見える女性プレオネ、緑の髪の穏やかな女性、カーラ。銀髪のプレオネと正反対の容姿を持つシルマを紹介してくれた。
 デネブが言うにはプレオネとシルマは仲が悪いらしい。いわゆる犬猿の仲だ。
「で、こいつはカペラ。カペラ・コルベール軍曹だ」
 デネブが最後に黒い髪をツインテールにし灰色の瞳を持つ少女を紹介してくれた。十三くらいに見える。昴の弟と同い年くらいだ。
「コルベール……」
 昴はその苗字に聞き覚えがあった。
「聞き覚えがあるようだな。そうさこいつはスピカの妹だ」
「え?」
 昴は驚いた。
「君、妹いたの?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ」
「ゴメン。すっかりいうの忘れてた」
「そうだと思ったよ……」
 二人の会話をみんな興味深そうに見つめる。
「すっかり打ち解けていますね」
 微笑みながらアルタイルが言った。
「お姉ちゃん元気そうでよかった。カペラよ。よろしく。昴さん」
 カペラが手を差し出してくる。
 昴も握り返して二人は握手した。
「さて、スピカ。ご飯を食べたら訓練だからな」
 デネブが言った。
「分かったわ。先行っててね~」
 スピカはそう言うとカレーライスを注文した。昴も同じものを頼む。
「分かった」
 デネブはそう言うとみんなを引き連れて食堂を出て行った。
「訓練って?」
 二人だけになると昴は訊いた。
「有事に備えての訓練よ。射撃とかランニングとか飛行訓練とかするの」
「へえ~。ここに集まっている人ってみんな何かの仲間?」
「ええ。「COSMOS(コスモス)」のデネブ隊の仲間よ」
「隊?」
 そこでスピカは説明した。「COSMOS(コスモス)」ではみんな隊を組んで行動するのだと。指示系統がうまくいきやすくするための処置らしい。
「なるほど。……それにしてもみんなの名前星の名前が多いね」
 昴はぽつりと呟いた。
 デネブ、アルタイルは夏の大三角形を形作る星だ。デネブははくちょう座の星。アルタイルはわし座の星で牽牛星という名前で日本では知られている。
 スピカはおとめ座の一等星。日本では真珠星とも知られている。
 ここまではかなりポピュラーだ。問題は残りの星だ。
 カノープスはりゅうこつ座の星。太陽を覗いてシリウスに次いで全天で二番目に明るい星。
 カストルとポルックスはふたご座の星。確かカストルが二等星でポルックスが一等星だったはずだ。この星はギリシア神話で有名な星だ。神話ではカストルが兄なのであの二人もそうなのかと思ったのでスピカに訊くとそうだと帰ってきた。
「詳しいわね。で、残りの人達の星は?」
 スピカが続きを促す。
 コル・カロリはりょうけん座の星。三等星であまり明るくないが付近では目立っている星だ。北斗七星のあるおおぐま座に隣接するのでそこからたどっていくとわかるはずだ。
 アルビレオはデネブと同じはくちょう座。三等星で一見すると一つの星に見えるが実は二重星――地球から見ると重なって見える星だ。
 プレオネは実はすばる(プレアデス星団)に属する星だ。七番目に明るい五等星だ。
 カーラはりょうけん座で二番目に明るい星でシルマはおとめ座の星。痕跡や引きずるといった意味のギリシア語をラテン語化してできた名前だ。長く引く女神の衣の裾を現しているという。
 「最後はカペラだ。これは知っている人もいるんじゃないかな……」
 カペラはぎょしゃ座の一等星。天の北極に比較的近いため日本では夏の一時期を覗いて通年観測が可能である。太陽系に近く太陽と同じ色を放っている。太陽系の外から見たら太陽もカペラと同じ色らしい。
「―――それって本当?」
「ええ。本当よ」
 スピカは頷いた。
「でも太陽と違う点があるよね。カペラは分光連星だってこと」
「ああ。分光連星ね……。たしか望遠鏡で分離・識別できなくてスペクトル線に現れる周期的変化によって見つけることができる連星のことね……。連星の意味は分かるでしょ?」
「もちろん」
 昴は頷いた。
「二つの恒星がお互いの星を軌道運動している星のことさ。双子星って言った方がわかりやすいかもね」
「さすが昴。詳しいのね」
「っていうかここまでついてこれるスピカもすごいよ。みんなついてこられなくてさ~。いつの間にか天文マニアって仇名がつけられっちゃったんだよね……」
 昴は頭をかいた。
「……確かに高校生には難しいかもね……」
 高校生でここまでしっている昴が異常なのだ。スピカはそう思った。
「さてと、行きますか?」
「うん」
二人は立ち上がった。
そして訓練場まで向かったのだった。
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