「はあ……」
黒髪に色素の薄い瞳の少女がため息を吐く。
開けっ放しの窓の外ではバイクが通ったり、学校帰りの小学生が通ったりしていたが、少女は気にも留めない。
「辛気臭い顔をしているわね、美結花」
クリーム色のまるまるとした珍妙なボディの猫が少女に声をかける。
「佐貝……」
少女は猫がしゃべったことに驚きもせず、視線をよこした。
「それで何を悩んでいるの？　どうせくだらない悩みだろうけど」
「くだらないとは何よ……。私は従兄に会おうか会うまいか悩んで……！」
そこで美結花は口をはっと塞いだ。
「従兄ねえ……。血縁の話なんて初めて聞いた」
「はじめてしたもの。従兄だけど幼いころに離れ離れになってそれっきり。私と同じで妖が視えるから佐貝の本来の姿も視えるんじゃないかな」
そう。珍妙なボディの猫は依り代。佐貝本来の姿は犬のような黒い妖なのだ。
夏目美結花には普通の人には視えない妖怪というものが幼いころから視える。同じ世界を共有できた人は母方の従兄だけだった。
「妖がねえ……。従兄の名前は？」
「夏目貴志っていうのよ」
それが生き別れた従兄の名前だ。
「夏目……夏目……。まさか八ツ原があるあたりで噂になっている、あの「夏目」か……」
「そう、そのあたりに私の従兄が今住んでいるらしいの」
美結花は従兄の噂を今日聞いたのだ。優しい人に引き取られて幸せに笑っていたと。
「会いに行かないの？」
「会いたいけど……でも……」
従兄が幸せなのは嬉しいし、会いたい。場所はここから電車で5駅のところだ。そんなに遠くない。だけどあって迷惑じゃないだろうか。会ったのはずいぶん前だし忘れているかもしれないと怖くなって足がすくむ。
「まあた、馬鹿なことを考えているわね。そんなの会いたいなら会えばいいのよ！　拒絶されたら拒絶されたで考える！」
「は、はい！」
頷いてしまう。それくらい佐貝に迫力があった。
「明日、おうちの人はいないんでしょう？　行きましょうよ」
「佐貝も一緒にいてくれる？」
一人だと心細いので訊くと「仕方ないわね」と佐貝は苦笑しながら頷いてくれた。
「ありがとう、佐貝！」
美結花は笑顔になった。
「世話が焼けるわ。あなたもレイコも……あの子も……」
佐貝のその声は美結花には聞こえなかった。