蕾の成長日記
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屋敷の中はもう寝静まり、月が冷たく穏やかな光を落としていた。
ノアはベッドの上で、じっと天井を見つめていた。
眠れない。静かすぎる夜が、なぜか胸の奥をざわつかせる。
身体が勝手に動いていた。そっと扉を開け、廊下を歩き、外気に触れたくて玄関へ向かう。
だが、扉の前で足が止まる。
「……何をしている」
背後から落ちた低い声に、ノアは肩を跳ねさせた。
「……外、ちょっとだけ……」
振り返ると、ガウンを羽織ったカルエゴが腕を組んで立っていた。
その顔にはいつも通りの冷静さがあるけれど、どこか見慣れた安心もあった。
「この時間に、ひとりで出歩くな。……ついてこい」
反論はできなかった。
黙って彼の背を追い、夜の石畳をふたり、並んで歩く。
⸻
屋敷の裏手、小さな丘へと続く道を歩く中で、ノアはふと空を見上げた。
「……星、すごい」
「ここは灯りが少ないからな。空気も澄んでいる」
「……うん」
また、沈黙。
けれどそれは、居心地の悪いものではなかった。
ノアは、自分の胸の内を整理するように、ぽつりとつぶやいた。
「……いろいろ考えちゃって」
「……」
「昔のこと、これからのこと。……それと……」
すぐに言葉が濁る。
カルエゴの名前を出すことはしなかった。
でも、自分でも分かっていた。“それ”が、今夜眠れなかった一番の理由。
なぜか、胸の奥がくすぐったくて、苦しくなるのだ。
「……馬鹿馬鹿しいことを」
ふっと横から声がする。
ノアはむっとしてカルエゴの方を見るが、彼は表情を変えず前を向いていた。
「……でも、夜ってそういう時間でしょ。静かで、考えたくもないことまで思い出す」
「……それもまた鍛錬だ」
「……カルエゴって、すぐそれ言うよね」
「事実だ。甘えに屈すれば、脆くなる」
ノアは小さく笑って、目を伏せた。
「……でも、今日の夜は、ちょっとだけ……怖くない」
カルエゴが視線を向けると、ノアは星空を見上げたまま、少しだけ笑っていた。
その横顔はどこか儚げで、それでいて、強くなろうとする光があった。
「……ふん」
カルエゴは鼻を鳴らし、前を向く。
隣にいるその小さな背に、言葉にはしない想いをひとつ飲み込んだ。
今夜はそれで、十分だった。
***
【カルエゴ視点】
「夜の散歩」〜沈黙の意味〜
夜。
いつもならすでに書斎を離れている時間だったが、今夜は妙に落ち着かず、遅くまで帳簿を整理していた。
ふと、足音。軽い気配。
気づけば、館の中を誰かが移動している。
(この時間に……ノア、か)
すぐに察した。
あの少女は、今でもたまに夜中に目を覚ます。気配でわかる。
だが今夜は、ただ目覚めたときのものとは違った。どこか浮ついた、歩く理由を探しているような足取りだった。
玄関へ向かう彼女の背に声をかけると、驚いたように肩を跳ねさせ、振り返る。
「……外、ちょっとだけ……」
言い訳のような、小さな声。
いつもの無表情ではなく、微かに何かを抱えた顔。
「この時間に、ひとりで出歩くな。……ついてこい」
そのまま背を向けると、ノアは黙って後をついてきた。
いつもの丘までの道。
夜風にさらされながら、月に照らされた小道を歩く。ノアはしばらく無言だった。
やがて、ぽつりと。
「……いろいろ考えちゃって」
そう言って、続く言葉を濁した。
“それと”の先を言わなかったことに、気づいていないふりをする。
自分にまつわる感情であることなど、わかりきっている。
だが、それを彼女が整理しきれていないのなら、こちらも追い詰めるようなことは言うべきではない。
それが、あの少女が築いた“日常”を守る方法だ。
「……馬鹿馬鹿しいことを」
そう言えば、少しは楽になるかと思ったが、ノアはむっとした顔を見せた。
(感情が出るようになったな)
ほんの一年前は、こんな顔すら浮かべなかった。
変わった。変わりつつある。だが、そこに踏み込みすぎてはならない。
あの子がその手で掴むまで、自分が手を伸ばしてはならない。
「……でも、今日の夜は、ちょっとだけ……怖くない」
その言葉に、ふと視線を向ける。
ノアは星空を見上げていた。口元に、微かな笑み。
それは、彼女にとって“安堵”の表現だった。
(……ふん)
鼻を鳴らす音に、自分でも感情が混ざっているのを感じる。
おそらく、今日も眠れないのは自分の方かもしれない。
でも、それでいい。今はまだ、それでいい。
***
【ノア視点】
屋敷へ戻る途中、カルエゴとはほとんど言葉を交わさなかった。
けれど不思議と寂しくなかった。
言葉じゃない何かで、隣を歩いてもらっていたような、そんな感覚があった。
玄関で別れ、カルエゴが背を向けた瞬間、ノアはそっと小さくつぶやいた。
「……おやすみ」
彼は振り返らなかった。
部屋に戻ると、すでにリリィが控えていた。
きっと、遅くなったノアのことを気にして待っていたのだろう。
心配そうな表情で駆け寄ってきた。
「ノアちゃん、どこに行ってたの!? 心配したんだから!」
「……ごめん。外に、ちょっとだけ」
「もう……。何かあったの?」
ノアは一瞬迷ったあと、首を横に振った。
「…星、見てただけ。…それと、いろいろ考えてただけ」
リリィは目を細めて、それ以上は深く聞いてこなかった。
けれど、そっとノアの頭を撫でてくれた。その手のひらが、少しだけ温かかった。
「……じゃあ、もう寝なさい。明日は早いのよ」
「……うん」
ベッドに横になると、不思議とまぶたが重くなった。
いろいろ考えていたはずなのに、
胸の奥には、どこかあたたかい何かが残っていた。
星の夜。静かな空気。そして……隣にいた人の存在。
それが“怖くない夜”の理由なのだと、気づく前に、ノアは静かに眠りに落ちた。
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