蕾の成長日記
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―屋敷に来てすぐの頃―
「……深く息を吸って、魔力を流せ」
夕暮れの空が赤く染まりはじめた中庭。
沈黙のなか、ノアは両手を前に出し、震える指先に神経を集中させていた。
カルエゴの指導のもと、初めての本格的な魔力制御訓練が始まってから、今日で三日目。
けれど、ノアの魔力は荒れたままだった。
(できなきゃ……捨てられる。ちゃんとしなきゃ)
心の中で何度も唱えながら、呼吸を整える。けれどその焦りが、かえって魔力を乱す。
次の瞬間――
「――っ!」
ノアの手元から、紫の奔流が噴き出した。風のような圧が周囲を包み込み、石畳が震え、木々がざわめく。
「止めろ、暴走するぞ!」
カルエゴの声が鋭く響いた。その声に、ノアの心臓が跳ねる。
バッ、と音を立てるように空気が裂け、ノアの周囲を鎖のような結界が包み込んだ。暴れ出した魔力が、その中で押さえつけられる。
「……何度言わせる。制御もできないくせに、全開で力を出すなと」
カルエゴの言葉は冷たい鋼のようだった。表情を変えず、けれどその眼差しはひどく鋭い。
ノアはその場で凍りつく。
怒られ慣れているはずだった。
間違えば罰を受ける、それはこの世界の常識。だが――この人にだけは、怒られたくなかった。
(失望された……)
足がすくみ、息が詰まり、思考が一瞬で追い詰められる。
次の瞬間、ノアは膝をつき、地に手をついて頭を下げた。
「っ、ご、ごめんなさいっ……!!」
額が石畳に触れる。細い肩が震え、声がかすれる。
「もうしません、絶対に……見捨てないで……!」
その行動に、リリィが息を呑んだ。
あまりの必死さに、思わず目頭が熱くなる。リリィは駆け寄ろうとするが、カルエゴのそばで立ち尽くす。
カルエゴは一歩、ノアに近づいた。
そして、眉をわずかに顰める。
土下座。
まるで命乞いのような姿勢に、彼の眉間が少しだけ深く寄る。
彼の目には、それが「服従」や「謝罪」ではなく、もっと深い“傷の名残”に映ったのだった。
しばしの沈黙の後、低く静かな声が落ちた。
「……顔を上げろ」
ノアの肩がびくりと震える。
「ここは命を乞う場ではない。お前が、学び直す場だ」
言葉は冷静だが、決して突き放すものではなかった。
ノアは、恐る恐る顔を上げる。
涙に濡れた瞳が、カルエゴの無表情の奥に、怒りよりも“失望”でもなく、どこか痛むようなものを見た気がした。
「できなければ、できるようにすればいい。失敗したなら、それを次に生かせ。それが学ぶということだ」
そう言って、カルエゴは静かに結界を解いた。
背を向けたその姿は、どこか――ノアが知る“大人”とは違って見えた。
「……立て。もう一度だ」
ふらりと立ち上がろうとするノアの肩を、リリィがそっと支える。
彼女の頬には、一筋の涙が伝っていた。
「ノアちゃん、大丈夫。私も手伝うから……ね?」
その声は、叱責でも哀れみでもなく、まっすぐな“想い”だった。
ノアは、小さく息を吸い込む。
(……次は、ちゃんとやる)
そう、心の中で静かに誓いながら、もう一度手を前に差し出した。