蕾に寄り添う大きな愛
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夕暮れの街。
活気のある通りを歩きながら、ノアはリリィの少し後ろをついていた。ふと、すれ違った男がリリィの肩に軽くぶつかる。
「……きゃっ!」
その瞬間、ノアの瞳が鋭く光った。琥珀色の視線が人混みの中で走り去る影をとらえると、彼女の体は迷いなく動いた。
「待ってて」
リリィが声をかける間もなく、ノアの姿は群衆の中へと消えた。
***
路地裏の奥、捕まった男は背後から押さえつけられていた。
ノアの腕は鋭く、的確に相手の動きを封じ、背中から腕を取って締め上げている。
「リリィのもの、盗むなら……こんな手、要らないよね」
感情のない声だった。まるで、それが当然の判断かのように。
ギリ、と音を立てながら、ノアの手にさらに力がこもる。
「やめて、ノアちゃん!」
その声にノアの動きが止まった。振り返ると、リリィが少し息を切らしながら立っていた。
「……なんで。悪いことしたから、止めただけ。なのに、なんで……止めたの?」
ノアは手を離した。犯人はその場に崩れ落ち、慌てて這うようにして逃げていく。
ノアはその姿を追わず、ただリリィの方を見つめる。
「…わたし、また…間違えた?
ごめん…ごめんなさい…」
声が震えていた。目をそらし、肩をすくめて、何度も繰り返す。
リリィは、そんなノアを優しく抱きしめた。力の込められていた肩が、ほんの少しだけ揺れて、緩んだ。
「ノアちゃん。あなたは悪くないわ。誰かを守ろうとしたんでしょう? それはとても、大切なことよ」
ゆっくり、ゆっくり言葉を重ねるように。
「でもね、その人の“手”を壊すことと、止めることは、ちがうの。私のために怒ってくれて、ありがとう。でも、私はあなたが優しいってことを、ちゃんと知ってるから……その優しさを、大切にしてほしいの」
ノアはしばらく黙っていた。小さく震える手が、リリィの袖をぎゅっと掴んでいた。
「……ありがとうって……こういう時も使うの?」
リリィは、微笑んでうなずいた。
「そう。大切にされたとき、心があったかくなったときに、『ありがとう』って言うのよ。ね、覚えておいて」
ノアはゆっくりとうなずいた。言葉にはしなかったが、その瞳には、少しだけ安心した光が戻っていた。
夕暮れの街の喧騒が少し落ち着き、二人はゆっくりと屋敷へと戻っていた。
リリィの手には、ノアの手がそっと握られている。
ノアはまだ少し顔を伏せ、歩幅を小さくしていたけれど、その手からは逃げるような力はなかった。
「……ノアちゃん」
リリィが、ふと足を止める。ノアもつられるように立ち止まった。
「さっきのこと、ちゃんと話してくれて、ありがとうね」
ノアはきょとんとリリィを見た。
「わたし……話した、かな……」
「ええ。あなたの“ごめんなさい”の中には、大事なことがたくさん詰まってたもの。優しさとか、迷いとか……そして、守ろうとした想いも」
ノアは少し口を開けかけて、けれど何も言わず、また視線をそらす。
するとリリィは、ふわっと微笑んで、ノアの手を握り直した。
「それにね――」
「ノアちゃん、すごくかっこよかったわよ。あんなに素早く追いかけて、犯人を止めるなんて。私、本当にびっくりしたの。まるで……頼れる騎士さまみたいだった」
ノアの目が、ぱちぱちと瞬く。
「……かっこ、よかった?」
「ええ。きっと、あの人も怖かったでしょうね。あんなに真剣な目で守られたら、もう二度と悪いことできないわ」
「……そう」
ノアは照れているのか、前髪の隙間から横目でリリィをちらりと見た。
「……騎士って、もっと……やさしい、んじゃ……ない?」
「うん。だから、ノアちゃんにぴったりだと思ったのよ。強くて、でもちゃんと人を守れる優しさもある。そんなあなたが、私はとっても誇らしいわ」
リリィの声は、あくまで穏やかで、あたたかい。
それはノアにとって、「信じてもいい」と思える、稀有なものだった。
「……わたし、こわかった」
ノアがぽつりと呟く。
「また、まちがえたら、リリィにも……カルエゴにも……捨てられるって」
リリィは驚かず、静かにうなずくと、その小さな手をもう一度、ぎゅっと握った。
「間違えることは、悪いことじゃないのよ。間違えても、そこから学べるなら、それは成長なの。ね、ノアちゃん。あなたがどんなに間違えても、私はあなたを捨てたりしないわ」
ノアの肩が、ふるりと震えた。
「……ほんと?」
「ほんと」
「……じゃあ……」
ノアは、そっとリリィの手を握り返した。
その力はとても小さくて、けれど確かな想いがこもっていた。
「……もうすこしだけ、そばにいてていい?」
「ええ、もちろんよ。ずっと、そばにいるわ」
空が茜に染まる中、二人の影が寄り添うように伸びていた。