蕾は黒に見守られ花開く
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ノアは、任務のたびに「心」を一枚ずつ脱ぎ捨てていくようだった。
それは意図的にではなく、生き延びるために、壊れないために自然と、そうなっていった。
***
最初の任務は、辺境の寒村にある“保護所”だった。
子供たちが集められ、昼は作業、夜は独房のような小部屋で過ごす施設。
「“消耗品”を育てている巣だ。適正を測る前に、“掃除”してくれ」
ノアは静かに頷いた。感情を押し込めたその目は、まだ震えていた。
夜、しんしんと雪が降り積もる中、彼女は無音の足取りで窓を開けて入り込む。
部屋の中には、木製のベッド。無防備に眠る幼い背中。
枕元に置かれたぬいぐるみは、耳がちぎれかけていた。
そっと手を伸ばし、それを拾い上げる。
目が合った。薄く開かれた瞳。夢と現実の境界に揺れる、少年の視線。
「……お姉ちゃん……誰?」
ノアは答えなかった。何も言わず、ただ目を伏せた。
次の瞬間、部屋の中から音が消えた。
窓から出るノアの背中に、少年の寝息はもうなかった。
雪がすべてを覆い、朝には何もなかったように沈黙していた。
***
次の任務は、歓楽街の奥にある“特別教室”。
そこでは、魔界の一部上級層に仕える「礼儀作法」が教え込まれていた。
対象は、教育係の女性と数名の子供。
だがノアが踏み込んだ時、そこにあったのは、笑顔だった。
「ようこそ、見学かしら? あなたも新入りの先生?」
明るく声をかけてきた女性に、ほんのわずかに躊躇した。
だが任務は、命令は、背中にいつでも刃を向けている。
「ええ……少しだけ、お時間をいただけますか?」
教室の裏には、誰もいなかった。
ノアは静かに扉を閉め、鍵をかけた。
数分後、そこに残っていたのは、香のような甘い匂いと、散らばった教材。
教壇の上の赤いインク瓶が倒れ、真っ赤な軌跡を引いていた。
***
ノアの任務は、回数を重ねるごとに“痛覚”を奪っていった。
体ではない。心の、感情の、深部が鈍くなっていく。
泣かなくなった。迷わなくなった。
ただ、終えればいい。命令通り、数をこなせばいい。
ある日渡されたのは、“魔界孤島”と呼ばれる隔離区域。
そこには、実験の結果“失敗作”とされた少女たちが集められていた。
「無力なままでは、いずれ自壊する。先に手を打つべきだ」
ノアはそれを理解したふりをして、現地に赴いた。
少女たちは、歌っていた。
澄んだ声で、決して意味のない旋律をまるで子守唄のように。
ノアはその輪の中に入った。彼女たちは、よく笑った。
「ねえ、お姉ちゃんも歌える?」
「……ううん。私は、聞いているほうが好き」
微笑むノアの手が、いつの間にか少女の背中に回っていた。
夜が明けるころ、その場にあったのは、バラバラの歌詞カードと、割れた硝子瓶。
硝子の破片が朝日を受けてきらめいていた。
***
任務の記録は、冷たく静かに整理されていく。
「問題なし」「対象排除」「成功」
ノアは、息をするようにその作業を繰り返した。
だが、寝つけない夜は増えていった。
子供の声が耳に残った。ぬいぐるみの手触りが、手の中に残った。
それでも次の命令は、ノアを動かす。
自分が壊れていくのを、どこかで感じていた。
だがそれは、“止まる”より怖かった。
止まれば、リリィたちが消える。
止まれば、自分の過去が自分を喰らう。
だから今日も任務地へと足を向ける。
まるで心の呼吸を止めてしまったかのように。