蕾は黒に見守られ花開く
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組織からの新たな命令は、誘拐の補助だった。
対象は、貴族の血を引く幼い魔力保持者。
夜の邸宅、気配を断ち、影のように侵入し、あどけない寝息の主を運び出す。
冷たい空気が肌を撫でても、表情は微動だにしなかった。
「……完了しました」
報告の声も、機械のように乾いていた。
***
「今日は街に出ているんだ。せっかくだ、ノア嬢。付き合ってくれないか?」
レオナルドが笑みを浮かべて手を差し伸べる。
当然のように、それを受け取った。
「…構いません」
顔には一片の喜びも、戸惑いも浮かばない。
ただ命じられたから動くだけ。そういう顔。
通りは祝祭のように賑わっていた。
贅を尽くした布地の店、煌びやかな宝飾店。
細い腕には、次々と袋が抱えられていく。
「やっぱり青がいい。君の冷たい瞳が映えるからね。……はは、いい意味だよ?」
レオナルドの手が、ノアの頬に触れた。
何も感じていない顔だった。
それは、心を閉ざしたのではなく――最初から、何もない。
ふと、視線が交差した。
雑踏の中。離れた場所から。
黒衣の男。カルエゴ。
ノアの瞳に揺れはなかった。
ただ一瞬、見つめ返しそしてすぐ、目を逸らす。
気づかぬふりをしたわけではない。
ただ、そこに意味を持たせる気がなかった。
レオナルドの腕が彼女の腰を抱く。
自然な流れのように、ノアは身を預けた。
「彼女は、私の婚約者です。…何か、御用でしょうか?」
レオナルドの問いに、カルエゴは言葉を詰まらせた。
ノアは彼に背を向け、静かに口を開く。
「…ただの知り合いです」
それだけを言って、馬車に乗り込んだ。
カルエゴが手を伸ばしたその瞬間には、もう扉が閉まっていた。
***
【カルエゴ視点】
あの声。あの目。
感情が、何一つ感じ取れなかった。
偽っているのか、それとも本当に何も、もう残っていないのか。
「……っ」
指先が震える。
怒りではない。後悔でもない。
それは、確信だった。
“あの子は、もう誰かの所有物にされている”
あの無表情は、すべてを諦めた者の顔だ。
反抗もしない。望みもしない。
ただ命令に従って、使われる道具として生きると決めた顔。
そんな生き方を、認めるわけにはいかない。
カルエゴは即座に情報の網を張った。
ヴィンツェル家の裏、組織の動き、資金の流れ、失踪者リスト。すべてを洗う。
ノアを取り戻すなどという感傷ではない。
それは「救済」だった。
「…ノア。お前は、まだ終わっていない」
情報は静かに集まっていく。
ヴィンツェル家の財閥は、裏社会の供給網と密接に繋がっていた。誘拐、洗脳、育成――「素材」を仕入れ、「魔具」として仕上げ、使える者に売る。
その中に、数件、記録があった。
──No.77。
女性型、影属性、高速移動、従順。
記録には名前も人格もない。ただ一つ、固有魔術の詳細と、数十件に及ぶ任務履歴。
カルエゴは、薄暗い部屋でそのデータを見つめていた。
「……ノア」
目を覆いたくなる記録だった。
命を命とも思わず刈り取る“道具”として使われていた事実。
しかも、そのほとんどが――子供、もしくは女性。
ページの端には、赤黒く染まった任務結果と、失敗時の「処罰」の記録。
「これが……彼女の、過去」
かつてノアが、なぜあんなに怯えていたのか
なぜ、時折どこか諦めたように笑っていたのか。
理由が、すべて、そこにあった。
それでもカルエゴの決意は揺るがなかった。
「ならばなおさら……助ける」
罪を背負ったからこそ、救う意味がある。
過ちを背負い、戻れないと知りながら、それでも生きていこうとするその背中を。
「どんな過去があろうと、お前は……“道具”なんかじゃない」
彼の声は静かだった。
だが、確かな怒りと慈しみが滲んでいた。
***
レオナルド・ヴィンツェルの屋敷。
強固な結界、監視の使い魔、異常な数の魔術兵装。
ノアが監視され、利用されている状況を見て、カルエゴはついに確信した。
これはもう、“救出”だ。
ただの再会ではない。
「来るな」と言われようと、
「もう会いたくない」と突き放されようと、
それでも、彼は行く。
彼女が、絶望の底から目を背けているなら、
その手を、強引にでも引き戻す。
たとえ、彼女自身が望んでいなくても。
カルエゴの瞳が、夜の帳の中で静かに光った。
「お前がどんなに拒もうと、俺は止まらない」
「ノア。……今度こそ、俺がお前を救う」