蕾は黒に見守られ花開く
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「……ノアさん、リリィ様がお呼びです」
そう声をかけてきたのは、見知らぬ案内役の悪魔だった。
礼儀正しく、お辞儀をして微笑むその顔に見覚えはなかったが、リリィの名を出されて、一瞬迷った。
(リリィが……?)
いつもなら電話やカルエゴに伝えるのに
と心にひっかかりを覚えながらも、微笑んで頷いた。
「はい、案内お願いします」
(リリィが呼ぶなら、何か……あるのかも)
疑うべきだったのかもしれない。
だけど、そのときのノアの胸には、日常に戻ったような安心感がまだ残っていた。
廊下を曲がり、階段を降り、屋敷の奥――普段は入らない静かな通路へと案内される。
重たい扉の前で案内役が立ち止まり、小さくノックする。
「お連れしました」
「入って」
その声はリリィではなかった。
けれど、どこかで聞いたことがあるような、柔らかくも不気味な響き。
扉が軋む音を立てて開き、薄暗い部屋の奥に佇む白い人影が見えた。
「……っ」
声を飲む。
そこにいたのはキリヲだった。
「やあ、久しぶりやね。ノアちゃん」
その顔はあの頃のまま。
微笑んでいて、どこか影があって、何かを見透かしてくるような目をしていた。
「……どうして……ここに……」
「ふふ。おかしい? けど僕は君に会いに来たんよ。ずっと、待っとったんよ?」
背筋に冷たいものが走る。
逃げなきゃそう思って、ノアは一歩後ずさった。
しかし、その背後にはいつの間にか、複数の悪魔たちが立ち塞がっていた。
出入口を塞ぐように、静かに佇む彼らの目には、感情というものがなかった。
「囲んで……っ」
「やめておき? 無理に逃げても……時間の無駄や。ノアちゃんは、賢い子やん?」
キリヲの声は、酷く優しくて酷く残酷だった。
「リリィの名前を使ったの……? リリィは無事なの?」
「もちろん。彼女には何の罪もない。けど君が信じやすい名前を使った方が、話が早いかなって思ったんよ。結果的には、来てくれたんやし……」
ノアは唇を噛む。
カルエゴの顔が、頭に浮かんだ。
(報告しなきゃ。今すぐ……!)
そう思うのに、足が動かなかった。
この場で抵抗すれば、どうなるのか自分1人でどうにかなるのか。
他の誰かが巻き込まれるかもしれない。
(今ここで、私が黙っていれば……)
それは愚かな思考だったかもしれない。
でも、その場で、選んでしまった。
「……分かった。ついていく」
自分でも驚くほど、静かな声だった。
「いい子やね」
キリヲの笑顔が、闇の中でぬめりと光った。
その瞬間、ノアの周囲の空気が変わった。
影のように伸びていた悪魔たちが、音もなく動き、彼女を囲む。
ノアは一度だけ、後ろを振り返った。
誰もいない廊下。
誰も気づかない扉の奥。
そして、カルエゴの顔がまた、頭に浮かぶ。
あのとき、瓦礫から庇ってくれた強くて、冷たくて、でも……優しい手。
(カルエゴ……)
心の中で呼びかける声が、口から出ることはなかった。
重たい扉が閉まり、世界が音を失った。
そして…ノアは、姿を消した