花は新たに力を得た
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薬が喉を通った瞬間だった。
「っ——か、は……!」
喉奥に焼けつくような苦味が走り、胸を押さえ、膝から崩れ落ちる。吐き出すような息。瞳がガクンと揺れ、一気に光を失っていく。
ぶわっ!
空間が揺れた。重力が歪んだような圧。
ノアの身体から黒い“影”が一斉に噴き出す。まるで意思を持つ生き物のように、ドロリと床を這い、空間を侵食していく。
その中心に立つ彼女の輪郭が、黒に染まっていく。
ただの魔力漏れではない。禍々しさ。支配。咆哮すらしないのに、空気が裂ける。
「ノア……!」
アスモデウスが叫んで一歩踏み出した、その瞬間。
ギャッ!!
ノアの顔が上がった。濁った漆黒の瞳。焦点を結ばないそれは、闇の奥に沈んだ野生の獣のようだった。
バラムが咄嗟に駆け寄る。
だが
バチィッ!
ノアの手刀が風を裂く。反射だ。動きに一切の迷いがない。バラムの腕が弾かれ、足元の床が一撃で亀裂を生む。
「っ、この反応速度……!」
魔術ではない。本能だ。
彼女の足元に広がった影が、まるで泥のように地面を呑み込んでいく。ノアの身体は、影と同化するように沈み、姿勢を低くする。
そして——
“喰らいつくように”襲い掛かる。
最初に狙われたのは、サブロだった。
「ノア、やめろ!」
叫ぶ間もない。
ズバァッ!!
一瞬で距離を詰め、真っ直ぐに拳が突き出される。サブロが咄嗟に腕を交差させて防ぐも、重い! 骨に響く一撃。
防御ごと吹き飛ばされ、背後の壁に激突した。
「くっ、速いっ……!」
続いてアスモデウス。ノアが影の中を滑るように移動し、低い姿勢からの回し蹴り。風圧が視界を切り裂いた。
「…っ!」
紙一重で避ける。だが追撃が止まらない。空中で体をひねり、次の一撃へと連携させてくる。
「まるで……獣の連撃だ!」
もはや会話は通じない。目には殺気すら帯びていた。
影の魔が、訓練場全体を覆いはじめる。
ノアの悪周期とは、“制御なき影”——そのすべてが敵を喰らう本能。
「ノアちゃん!!」
バラムが叫ぶ。背後から一気に距離を詰める。
ノアが気配を察して振り返る、その一瞬のスキ
「戻ってこい!!」
アスモデウスの叫びと同時に、バラムが跳躍。拘束魔術と同時に腕で背後からノアの動きを封じる。
「ぅ、ああああああっ!!」
叫びが響いた。声にならない“咆哮”。影がバラムを呑み込むように襲いかかる。バラムの背後でバチバチと魔力の火花が炸裂し、床が砕ける。
しかし、彼は離さない。
「ノアちゃん!」
彼女の影に巻き込まれ、二人は影の中へと消えた。
黒の海。そこは静寂の底。
バラムの視界は、すべてを吸い込む影の闇に満たされていた。音も、光も、感覚さえも希薄になっていく。
その中心に、ノアがいた。
小さく、膝を抱えてうずくまり、肩を震わせる少女。
「来ないで……」
かすかな声。誰にも届かない、心の奥の悲鳴。
本当は誰かを傷つけたくなかった。ただ、怖かった。誰かに触れてほしかった。
それなのに、伸ばされた手を、叫ばれた声を
“攻撃”だと感じてしまった。
ノアの悪周期とは、“孤独”そのものだった。
「……そうか」
バラムがゆっくりと膝をつく。威圧しない。否定しない。
教師として、一人の少女の恐怖と向き合う。
「大丈夫。誰も、君を責めていないよ。だから、もう戻っておいで」
そっと、鎮静剤を差し出す。
警戒するノア、動かない。
だが、バラムも動かない。
やがて、震える手がその薬に伸び、ゆっくりと飲み込む。
影が、ふわりとほどけるように持ち上がる。
訓練場。再び光が差す中、ノアとバラムの姿が現れる。
バラムの腕の中で、ノアは気を失いながらも、微かに微笑んでいた。
「……制御には時間がかかる。だが……希望はある」
バラムの視線は、その先の未来を見据えていた。
——そして、新たな訓練の幕が、静かに上がった。