蕾は少しずつ言葉を知る
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テスト当日。
教室の中は、普段のアブノーマルな空気とは打って変わって、ぴんと張り詰めた緊張感に包まれていた。
魔界歴史、占星学、拷問学、薬学、魔術基礎――
魔界の五教科すべてに対して、クラスメイトたちは真剣な眼差しで取り組んでいた。
苦手だった薬学の問題用紙を前に、
(あ……これ、アズくんのノートでやったところ……!)
と、静かに息を吸い、慎重に回答を書き込んだ。
何度も教えてくれたリリィやカルエゴの顔が脳裏をよぎる。
(大丈夫、やれる。……やるんだ)
――そして数日後、教室。
教卓に立ったカルエゴが、淡々と書類をめくる音が響く。
「……結果だが」
その一言で教室は静まり返る。
皆が固唾を飲み、カルエゴの口元を見つめていた。
「――非常に残念なことに、今回の赤点補習者は……該当者なしだ」
その瞬間、教室中が歓声に包まれる。
「やったー!」「イルマくんありがとう!」「奇跡だー!」
クラスメイトたちの声が跳ねる。
ノアも心の底から安堵していた。
たくさんの授業、たくさんの勉強、たくさんの不安。
全部ひっくるめて――ようやく報われた。
そんな熱気に包まれた中で、
ゆっくりと教卓へと歩いていった。
静かに立つカルエゴのそばへ。
いつものように表情は読めず、厳格なまま。
だけど、ノアには分かる。
この人は、ずっと見てくれていた。
「…カルエゴ先生」
声をかけると、カルエゴがちらりとこちらを見る。
「私…赤点、ひとつもなかった」
少し緊張しながら、でも胸を張って言う。
彼の目が、静かにノアを見たまま、動かなくなる。
「全部、…先生が教えてくれたおかげ」
その言葉に、カルエゴはほんの僅かに目を細め、
そして――どこか優しげなため息を吐いた。
「……そうか。よくやったな」
その声は、普段よりもずっと柔らかかった。
「特に……魔術と薬学、伸びていたな。根を詰めていたのは、分かっていた」
驚いて目を丸くする。
カルエゴは、いつも見てくれていたのだ。
「……別に、誰かに言われなくても、自分で分かってるだろ。ちゃんと頑張ってたって」
「…うん」
「だがまあ、どうしても褒めてほしいなら……」
カルエゴは少しだけ目線を逸らし、
ほんの一瞬、口元にごくごく微かな笑みを浮かべた。
「……お前の努力は、ちゃんと見てた。――えらいぞ」
胸が熱くなる。
言葉は静かで、控えめだったけど――誰よりも重みのある言葉だった。
「…ありがとう」
そう言って頭を下げるノアに、カルエゴは何も言わなかったけれど、
そっと視線だけを、彼女の後ろ姿にやわらかく送っていた。
それはまるで――
“自分の生徒として、誇らしく思っている”とでも言いたげな眼差しだった。
その夜。
ふわふわした気持ちを抱えたまま、家へ帰った。
リリィはいつものように玄関まで迎えに来てくれて、ノアの表情を見るなり、にこりと笑う。
「おかえりなさい、ノアちゃん。顔、良い意味で緩んでるね」
思わず笑ってしまった。
「うん……うん!テスト、良かったの」
靴を脱ぐのももどかしく、スカートの裾を持ち上げてくるっと一回転。
リリィが静かに拍手する。
「それは、それは。よく頑張ったね!」
「うん…あのね、カルエゴにも褒めてもらえたの」
「まあ、それは!良かったね」
くす、と喉を鳴らしてリリィが笑う。
「“えらいぞ”って……ちゃんと目を見て言ってくれたの。…なんだか、すごく嬉しかった」
ソファに座り込み、緩んだ顔のまま手をぎゅっと握りしめる。
心の奥がじんわり温かくて、身体が軽い。
「なんかね、もっと頑張りたいって思ったの。
自分のこと、ちゃんと見ててくれる人がいるって……こんなに力になるんだって、思った」
リリィはその言葉に、そっとノアの髪を撫でる。
「ノアちゃんがちゃんと頑張ってること、先生だけじゃない。私も、見てるからね」
「……うん」
小さく頷いた。
気づけば、顔がほんのり赤くなっていた。
「ふふ。では、今夜はご褒美の晩ご飯にしないと!何が食べたい?」
「うーん……えへへ。リリィのオムレツがいいな」
ふわっと笑うリリィの背中を見ながら、
心の中で、今日の一日を大切にしまっていった。
――また明日も、頑張ろう。
そんな前向きな気持ちが、自然と湧いてくる夜だった。