蕾は少しずつ言葉を知る
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そして約束の3日目
職員室の空気は、重く張り詰めていた。
入間が、堂々とカルエゴの前に書類の束を差し出す。
「約束の教員全員の許可書だ。確認してくれ」
カルエゴは無言で一枚一枚を確認していく。視線は鋭く、指の動きは無駄がない。
「……確かに、教員36名分。問題はない」
その言葉に、アブノーマルクラスの面々から歓声が上がりかける。
「私も、他が揃っていればサインする」
しかし次の瞬間、その声が凍りつく。
「故に、サインはしない」
沈黙。入間が眉をひそめる。
「……どういう意味ですか?」
カルエゴは冷たく、しかし理路整然と告げる。
「私は“教職員全員”の許可書が必要だと言った」
「“教員”とは言っていない」
「教職員には、食堂従業員、売店員、清掃員など、すべてが含まれる」
「ずるい!」
「それは言葉のあやだ!」
「そんなの聞いてない!」
教室に不満の声が広がるが、カルエゴはそのすべてを一喝した。
「──粛に」
その言葉とともに、空気が一変した。
重く、熱く、身を焼くような威圧感が吹き荒れる。
「貴様らはいつもそうだ。物事を浅くしか見ない」
「この魔界の礎を築いた御方が遺した高貴な業火。その尊き遺り火に触れようというのなら……」
「私は学園の門番として、その首を噛みちぎる義務がある」
誰もが言葉を失った。
ノアでさえ、無意識にカルエゴの後ろに身を寄せていた。
だが次の瞬間、ゆっくりとドアが開いた。
「あの〜、これ、許可書!」
売店の店員がニコニコしながら入ってくる。
続いて、食堂の調理員たち。清掃員、用務員、雑務係――みんなが次々と入ってくる。
「いつもお世話になってるからね、鈴木くん」
「あんたらの元気が、こっちにも伝わってくるんだよ」
「応援してるよ!」
その全員が、手に持っていたのは――
許可書。
カルエゴの瞳がわずかに揺れる。
入間は一歩、前に出て微笑む。
「書類が揃ったら、サインしてくれるんだろ?」
静かに、けれど確かに重ねられた全ての署名用紙。
カルエゴは最後の1枚を見届け、沈黙のまま印を取り出す。
「……仕方ない」
「この場をもって、アブノーマルクラスの“王の教室”への移動を許可する」
その言葉が告げられた瞬間、教室が沸き上がった。
クララが泣きながら叫び、アスモデウスは静かに微笑んだ。入間は皆の背中をぽんぽん叩きながら、喜びを分かち合う。
ノアもまた、その輪の中には加わらなかったけれど――
ふと顔を上げて、嬉しそうに笑っていた。
ほんの少しだけ、目が潤んでいたのを、カルエゴだけが気づいていた。
***
王の教室――その響きに、まだ実感が湧かないまま、アブノーマルクラスの面々は自分たちの古い教室の前に集まっていた
クララが机の上で転がりながら、いつものように明るく笑う。
「ノアちもすごかったよね〜!先生の隣にピタッていて、あれはもう……ふふふ〜!」
「カルエゴ先生が、あそこまで言葉にしたのは初めてだ。お前のことを――守るべき存在だと」
ノアはしばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。
「……私は、何もしてないのに」
みんなの視線が集まる。
「ただ……カルエゴ先生の隣に、いただけ。戦ったわけでもないし、許可をもらったわけでもない。……なのに、みんなと一緒に喜んでいいのか、わからなかった」
その声には、不安と、どこか罪悪感のようなものが滲んでいた。
クララがごそごそとノアの隣に来て、ふわっと抱きついた。
「ノアちは、ちゃんと“いた”よ!それが大事なんだよ!」
「……いた、だけ……」
「そうだよっ!ノアちが先生の隣にいたから、私たちも安心できたんだもん!」
クララは真っ直ぐな目で言う。
「それにさ、嬉しかったでしょ?」
一瞬、答えに詰まる。でも――
「……うん。…うれしかった」
顔をそらしながら、ぽつんと呟く
「……みんなが、笑ってて。入間くんも、クララも、アズくんも。あったかいな、って思った」
「それで十分だ」
入間が優しく笑って言った。
「ノアが一緒にいてくれるだけで、十分力になる。俺たちは、そう思ってる」
アスモデウスも静かに頷く。
「価値は“戦ったかどうか”じゃない。君がそこにいたから、先生もあの判断をした。それがすべてだ」
「なんか人質みたいで興奮したしね〜」
「それもまた一興…」
クララメイトは次々と励ましの言葉をくれる
ノアはその言葉を、ゆっくりと胸の中で噛みしめた。
「……そっか」
小さな声。けれど、その表情には確かな柔らかさがあった。
不器用に、けれどほんの少しだけ、口元が緩む。
クララがそれを見逃さず、ぱあっと笑った。
「今、笑ったー!」
「……笑ってない」
「うそだー!絶対笑ってたー!」
「……もう、クララうるさい」
いつものじゃれ合いが始まって、教室は再び明るくなる。ノアはその輪の中で、ようやく「自分もいていい」と思えた気がしていた。