蕾は少しずつ言葉を知る
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校内に響くロノウェの演説の声は、朝露の残る中庭にまで届いていた。
「このロノウェ・ロミエール、皆の者に約束しよう!授業は半分に減らし、その分は毎週バスツアー!日替わりスイーツバイキング!さらに僕が毎日、歌って踊って笑顔を届けようではないか!!」
講堂前に設けられた即席の演説台に立ち、キラキラと輝く背景を背に熱弁を振るうロノウェ。派手な身振り手振り、飛び交う花びら、立ち止まって拍手する生徒たち。――ただ、その拍手に混ざるのは純粋な興奮というより、どこか面白半分の空気もあった。
「……あんな調子で、結構人気出てるみたいだな」
生徒会室の窓からその様子を見下ろしながら、入間がぽつりと呟く。その隣で、静かに頷いた。手にした資料が震えていることに、本人は気づいていなかった。
「……まずいね。いまのままだと……勝てないかも」
アメリは、というより、今の彼女はあまりにも変わってしまっていた。慎ましく、言葉数も少なく、演説どころか人前に立つことさえままならない。街頭演説も形にはなっているものの、飛んでくるのは拍手ではなく同情の囁き。
『会長、無理してるんじゃないかな』
『あんなに強かったのに……』
「このままだと……生徒会、解散になっちゃうかもしれない」
そう言った入間の目は真剣だった。アメリが、あのまま何も知らずに失脚するなど、到底受け入れられることではなかった。
「ねえノアちゃん、手分けして情報集めしよう。僕はアスモデウスに相談してみる」
「……じゃあ、私はクララに聞いてみる」
「うん。クララなら、何か見てるかもしれない」
そしてノアは、もう一人、相談すべき相手の顔を思い浮かべた。
――カルエゴ
放課後。廊下の陰に佇んでいたノアは、タイミングを見計らって職員室前で立ち止まる。深く息を吸い、ノックの音を響かせた。
「……ノアか。どうした」
相変わらず冷静な声音だったが、その目がどこか柔らかい気がした。ほんの少し躊躇いながらも、静かに口を開いた。
「先生……少しだけ、相談したいことが」
カルエゴは無言で頷き、応接スペースのソファを示す。ノアが腰を下ろすと、少しだけ間を置いてカルエゴが向かいに座った。
「アメリさんのこと、です。様子が……やっぱり、どうしても変で」
「……だろうな」
「以前の彼女だったら、生徒会の重責も全部背負って、もっと堂々としてた。でも、今は……」
カルエゴは腕を組み、わずかに目を細めた。ノアの話を一つも漏らすまいとするように、静かに耳を傾ける。
「なにか……魔術とか、使われているんでしょうか。もしくは、呪いのようなもの……」
「断定はできん。ただ、変化が起きた直前の記録や関係者の証言は、すべて確認している。――お前たちも、無茶はするな」
「はい」
短い言葉ではあったが、そこに込められた「心配」のニュアンスを、確かに感じた。ほんのわずかに頬が緩んだのを、カルエゴは見逃していなかった。
「……ありがとう、先生」
言葉にした瞬間、自分でも驚くほどその胸が温かくなっていた。
***
放課後の校庭は、まだ生徒たちの賑やかな声があちこちに残っていた。ノアは、空を見上げるクララの姿を見つけて足を止める。
クララは一人、芝生に寝転がって雲の形を追っていた。目を細めて、鼻歌のように小さく声を漏らしながら。
「……クララちゃん」
呼びかけると、ぱっとこちらを向いたクララの目がきらきらと輝く。
「ノアち!どうしたの〜?ノアちも雲、見に来た?」
「……ううん。ちょっと、お願いがあって」
「おねがい?」
クララの隣に腰を下ろし、小さく息を整えてから、言葉を選びながら話し始めた。
「……アメリさんのことなんだけど。最近、すごく性格が変わってしまってて」
「うん、私も思ってた。なんだか……別の人みたいになってるよね?」
クララの声は明るいけれど、その瞳にはちゃんと不安の色が浮かんでいた。ノアは頷く。
「私たち、生徒会を守るために……変わってしまった原因を探してるの。何か、きっかけとか、おかしいことに気づいてる人がいないか探ってて……。クララちゃん、協力してくれる?」
クララはしばし、空を見つめたまま考え込むように唇を尖らせる。そして、ぱんっと両手を打ち合わせると、満面の笑みを浮かべた。
「うんっ!もちろんいいよー!ノアちのお願いだもん!」
「……ありがとう」
思わずこぼれた笑みに、クララはもっと嬉しそうに跳ねるように立ち上がった。
「じゃあ!クララ、聞き込みとか得意かも〜!おやつも配ったりして、情報あつめちゃうね!ふふふ、スパイみたいでワクワクする〜っ!」
「……スパイって……それは少し違うような……」
「じゃあ名探偵クララってことで!」
無邪気な声に思わず笑ってしまう。その笑いは、ここしばらく自分の中に潜んでいた張り詰めた空気を、すっと溶かしてくれた。
(……ありがとう、クララ)
クララのような存在が、今の自分には本当にありがたい。そう感じながら、小さく、でもしっかりとした声で言った。
「…気をつけてね…きっと、関わるのは簡単な相手じゃないから」
「うん、まかせてっ!私、絶対見つけ出すよ〜!」
そう言って、まるで冒険に旅立つかのようにクララは駆け出していった。
夕焼けに照らされたその背中を見送りながら、
少しだけ胸を撫でおろした。頼もしい仲間が、また一人できた気がし