蕾は少しずつ言葉を知る
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朝が来た。
昨日まであったはずの朝礼の合図は、今日は鳴らない。
それだけで、少し世界が違って見えた。
「おはようございます……」
ノアは静かに、生徒会室のドアを開けた。
入間も数歩後ろに続いている。
朝の会議ではぽつぽつと机の書類に向かっていた。
けれどその動きは、どこかぎこちなく――。
「えい、えいっ……ふふ」
ぺったん、ぺったん。
小さな音が静かな部屋に響く。
アメリが、書類に判子を押している。指先に朱肉がついて、小さく首を傾げるたび、艶やかな銀髪が揺れる。
その様子は、どこか微笑ましく、まるで……小さな女の子のようだった。
「……かわいい」
思わず、口から呟きが漏れた。
その姿に目を細める入間や、他の生徒会メンバーたち。
しかし――彼らは皆、心のどこかで理解していた。
これは、“アメリ会長”ではない。あの毅然とした、皆の道標だった彼女とは、明らかに様子が違っていた。
***
ランニングも、今日は本当にただのランニングだった。
“吸血噛鉄”という謎の訓練器具を付ける必要もなく、単に周回コースを走るだけ。
空を飛ぶカラスに気を取られる入間、走りながらも一定の呼吸で周囲を見渡すノア。
以前のような張り詰めた空気はもうなかった。
午後の会議も、重い議題は一つも上がらず、代わりにアメリの持ち込んだティーセットでお茶会が始まってしまった。
「この紅茶……バラの香りですか?」
「わたくしのお気に入りですの……うふふ」
笑うアメリの声は、いつもの冷静沈着なものとはまるで違って、可憐で繊細だった。
その空気に誰も口を出せず、ただ静かにティーカップを傾ける。
そして夕方、生徒会室の会議が終わったとき。
アメリは先に部屋を出て行った。
「お疲れ様です、アメリさん」
入間の声にふわりと笑って手を振り、アメリは廊下の向こうに消えていく。
残された生徒会メンバーたち――そして入間とノアは、どっと力が抜けたように床に座り込んだ。
「はぁあぁあ……」
入間が書類の山を指さす。
「これ、6人でやってこの量……やっぱり、会長ってすごかったんですね……」
「……今こそ我々が支えないとな」
副会長が苦笑を漏らす。
ノアは黙って頷いた。会長がどれほどの責務を背負っていたのか、今になってようやく理解できた気がする。
そのとき――
「……踏ん張るぞ」
静かな決意の声が、副会長の口から漏れた。
その直前にカルエゴから
《今の体制が続けば、生徒会活動の停止も視野に入れておけ》
と冷徹な忠告があり、皆の胸に重く響いた。
(……守らないと)
拳を握る。今、自分たちが会長の代わりにこの組織を支えなくては。
しばらくして、生徒会室に戻った彼らは、ある異変に気づいた。
「……あれ、ドアが開いてる……?」
扉はわずかに開いていて、中からバラの香りが漂ってくる。
訝しげに顔を見合わせたノアと入間が中に踏み込むと――
「誰……?」
「僕だよ!!」
唐突に現れたのは、肌の色が小麦色の、黒髪ロングの派手な男。白いフリル付きの服に、輝く指輪、派手に空いた胸元。
「ロノウェ・ロミエール! 我らバビルス風紀師団、今こそ生徒会を乗っ取りに来たぞ!」
一斉に、ノアと入間の目が点になる。
「……風紀師団って?」
入間がぽつりと問うと、副会長がため息交じりに答える。
「目立ちたがり屋の集団……要するに、会長が失脚して得をするやつだ」
「なんのことだか! だがロノウェはこの好機を逃さないぞ!」
ロノウェは高らかに宣言した。
「会長が弱っている今、我々は生徒会に“解散選挙”を申し込む!!」
解散選挙――それは正式に師団から生徒会へと挑戦状を叩きつける儀式。敗北すれば、その師団は即刻解散。
だが拒否権は、ない。
「今まで誰も申し出なかったのは、ミス・アザゼルの威光が絶大だったからこそ……それが、今のような可憐なお姿になられては……」
ロノウェはアメリのそばににじり寄り、ふわりとその髪に指を伸ばした。
「今の貴女なら、秘書としてお迎えしましょう?」
アメリがびくりと肩をすくめ、頬を赤らめる。
その手を――ぱしん、とノアが払いのけた。
「触らないでください」
続いて、入間が割って入る。
「勝手に女性の髪を触るのは……さすがに不躾かなと」
「む、無礼……っ、なんてことを……!!」
ロノウェは花びらを撒き散らしながら、涙目で退場していった。
部屋に静寂が戻る。
ノアはアメリの肩をそっと支えた。
彼女はまだ、怯えるように顔を伏せている。
――守らないと。
この生徒会も、会長も、自分たちの手で。
そう、改めて心に誓ったのだった。