蕾は少しずつ言葉を知る
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
数日後。
バビルス学園の一室、師団管理室にて。
「魔具研究師団は、活動条件を満たしていないため――本日をもって正式に、活動休止とする」
淡々と読み上げられた通告。
その紙の端を、ノアの指先がゆっくり握りしめる。
「……そう、なんだ」
覚悟はしていた。師団長がいなくなり、師団としての活動記録も途切れている。
それでも、こうして正式に言葉にされると、心の奥で何かが静かに沈んでいくようだった。
机の上に残る、使いかけの魔具設計図や部品。
それらがまるで、自分の居場所が形を失っていく証のようで――ふと、胸の奥がきゅっと痛んだ。
そんな中、アメリがまっすぐノアに視線を向けて言う。
「ノア。お前は、入間と同じく、生徒会に入れ。……コミュニケーション能力に不安がある。 集団での経験が、プラスになるはず」
ノアは小さく頷いた。
「はい……わかりました」
(でも、それはきっと――わたしを、見捨てなかった言葉)
静かに、けれど確かに胸の奥に灯るものを抱えて。
【生徒会初日 - 早朝】
――まだ空に魔の星すら沈みきらぬ、魔界の黎明。
バビルス学園の生徒会寮の一室。重たい沈黙が辺りを包む中、パチリ、と静かに目を開けた。
(……ん。まだ……暗い)
天井を見つめたまま、数秒の間、呼吸を整える。いつもなら屋敷のふかふかの寝具で、リリィの声に起こされていたが、今日からは違う。生徒会――規律の塊のような場所での共同生活。隣の部屋には入間がいるはずだが、壁越しの気配は静かで、まだ眠っているのかもしれない。
だが、次の瞬間。
キーン――とけたたましく鳴り響いたのは、生徒会寮に設置された「起床の合図」だった。
「っ……!」
反射的に跳ね起きると、瞬く間に寝具をたたみ、制服の詰襟に腕を通した。長年の癖はこんな時にも生きる。3分以内に整列――その条件はすでに心に刻まれていた。
部屋を出て、まっすぐに生徒会室へ。すでにアメリ会長は凛と立ち、腕を組んで待っていた。ノアは姿勢を正し、背筋をぴんと伸ばして並ぶ。
「…ノア、時間内だ」
その言葉にわずかに唇を引き結び、頷く。ほどなくして、ガタガタと足音を響かせながら、入間が髪を跳ねさせて飛び込んできた。
「すみません!3分、間に合った!?僕!」
「……入間遅刻だぞ!」
アメリは厳しくそういい、だがすぐにきびすを返して言う。
「では、朝会議に入る。ノア、入間、ついてこい」
⸻
【書類整理】
生徒会室の扉をくぐった瞬間、無意識に立ち止まった。
(……多い)
机に山積みにされた書類の束。魔界中の商店から届いた協賛申請、教師陣からの調査依頼、生徒からの提出書類――魔王の代行組織ともいえる生徒会が担う業務の膨大さを、初めて肌で感じていた。
「……これ、全部……?」
「あぁ。毎朝これだけ来る。さあ、振り分け、学年別に仕分け、内容を確認してから私に回せ」
アメリの言葉に、黙って頷いた。隣で入間が「ひぃ」と小さく呻いたのも、気持ちはわかる。だが、怯んでいる暇はない。
ノアは淡々と、しかし慎重に指を動かす。整然と紙を並べ、学年別の札を添えていく。時折、封筒の中に飴や謎の呪符が入っていて戸惑いながらも、それを横に除けるのはなんだか楽しかった。
「あ、ノアちゃん、それこっちの分類かも」
「……ありがとう。えと……“応援企画”、って…どの分類……?」
「うーん……会長に聞いてみよっか!」
少しずつ、入間との距離も言葉も、自然になってきていた。
【ランニング訓練】
「では次、ランニングだ」
アメリの宣言に、外に出た瞬間、空気が変わるのを感じた。吸血噛鉄――逃げ遅れれば噛みつく生きたベルト。これを腰につけての持久走。ルールはただ一つ、“逃げ切れ”。
無言でベルトを巻くと、一歩前へ出た。風が肌を撫で、地を蹴った瞬間、無意識に身体が反応する。
後ろで入間が「うわああっ!?来ないで来ないで来ないでぇえ!!」と叫びながら走る声がした。
「……ふふっ」
ノアは思わず、唇の端を緩めた。
⸻
【昼食】
訓練が終わった直後、生徒会室に戻ると、アメリが一言。
「今日の昼食は、特別支給だ」
差し出された皿には……豆が1粒。
ノアはそれを見つめ、黙って箸をとる。そっと豆を口に運び、噛む。あまりに静かな咀嚼音。
一方、入間は泣きそうな顔で箸を止めた。
「ご、ごめんねノアちゃん……僕、正直つらい……」
「……私は、大丈夫。あの……ちょっとなら、分けてもいいよ」
「ほんと!?ありがとう!でもだめだ、これ生徒会のルールだし……」
「……ふふ。やっぱり、やさしい、ね」
その日の活動がようやく終わり、自由時間に入ったころ。ノアは自室に戻るふりをして、廊下を抜け、生徒会室の裏手へ向かった。
静かに、扉をノックする。
「……カルエゴ、いる?」
「入れ」
その声を聞いて、ほっとする。中に入ると、カルエゴは机に座って書類を整理していたが、彼女の姿を見るとペンを止めた。
「初日か。……様子はどうだ?」
少し言葉を探し、そして静かに答える。
「……大変、だった。でも……みんな、がんばってて。わたしも……ちゃんと、できた気が、する」
「そうか。なら上出来だ」
カルエゴのその一言が、何よりも嬉しかった。言葉少なでも、努力を認めてくれている。その安心が、心をほどいていく。
「……泊まり、になった。今日は、リリィにも伝えたから……」
「聞いている。リリィから連絡があった。寮にいても、何かあればすぐ連絡しろ。いいな」
「……うん。ありがとう、カルエゴ」
その小さな声に、彼は「当然だ」とだけ返し、再び書類に目を戻した。
だが、ノアの瞳はその横顔をじっと見つめたまま、離れなかった。
(今日、ちゃんと……わたし、生きてる。ちゃんと、ここにいる)
それは、誰にも奪わせたくない、大切な居場所の実感だった
数日が過ぎ、朝の澄んだ空気に起床の合図が響く。
ノアと入間はもう、初日に比べてまるで別人のようだった。
寝具をたたむ動作は自然で無駄がなく、制服の着替えも素早い。
アメリの前に整列する姿勢も、揃ってきた。
「3分以内の起床と整列、合格だ」
アメリの声に、二人は軽く会釈を返す。
***
会議室に積み上げられた書類。
初日は山のように感じたそれも、今や手慣れた手つきで整理されていく。
手早くコピー機を操作しながら、学年ごとに分類。
入間も慌てず落ち着いて書類をまとめ、わからない箇所はノアに尋ねることも少なくなった。
「ここはこうするんだよね?」
「そう、あと少しで終わるから一緒に頑張ろう」
そんなやり取りが自然と笑顔を生む。
***
ランニングの時間。
「今日も『吸血噛鉄』をベルトに繋げて」
入間は軽く息を切らしながらも、ノアに遅れまいと必死に走る。
余裕の表情で先頭を走りながら、ふと後ろを振り返る。
入間の必死な姿に、そっと微笑んだ。
「いいぞ、入間。もうすぐゴールだ」
入間の顔に達成感が溢れる。
「ノアちゃん、すごいよ。 僕、前よりずっと走れる気がする」
「うん、続ければ体力も自然とつくよ」
二人の足音が、ランニングコースに軽やかに響いた。
***
午後の業務も順調そのもの。
書類の整理、コピー、教師との打ち合わせ、登校者のチェック、花壇の手入れ。
慣れていない環境に戸惑った日々が嘘のように、ノアも入間も手際よくこなしていた。
豆一粒の昼食に泣いてる入間を見て笑い合い、疲れていてもどこか楽しげな表情が見られた。
その時ふと、校内放送が流れた。
「生徒会長アメリさん、至急第1準備室へ」
***
「……遅いね、アメリさん」
生徒会室で書類を整えていた入間が、手を止めてポツリと呟いた。
ふと時計に目をやる。アメリが放送で呼び出されてから、もう20分は経っていた。
書類仕事が一段落し、少し気が緩んだせいか、部屋の空気もどこか間延びしている。
「ちょっと……様子を見に行ってみようか?」
「うん」
2人は静かに立ち上がり、アメリが呼ばれた「第1準備室」へと向かった。
同行するのは、ほかの生徒会メンバー数名。彼らも顔を見合わせながら、小さく頷いた。
静かな廊下に、足音だけが響く。
第1準備室は通常あまり使われない部屋で、ひっそりとした空気が漂っている。
「……失礼します」
ノブに手をかけ、ギィ、と扉を開けると――
「……!」
その場にいた全員が、息を飲んだ。
部屋の中央、冷たい石床の上に、アメリが倒れていたのだ。
長い銀髪が乱れ、制服の裾も不自然に乱れている。表情は伏せられ、呼吸は浅く、か細い。
「アメリさん!!」
入間とノアが同時に駆け寄った。
「しっかりしてください……!」
手を伸ばそうとしたその時、アメリの身体がピクリと動き、ゆっくりと上半身を起こした。
「……う……」
まぶしそうに目を細め、彼女は不安定な動作で立ち上がる。
「アメリさん……お怪我は?」
ノアの問いに、アメリは静かに、けれどどこか気怯えたような声で答えた。
「……ありませんわ」
「……わ?」
その口調が、あまりにもいつもと違っていた。
「ア、アメリさん……?」
入間が戸惑いながら一歩下がる。
それに応えるように、アメリは自分の制服を両腕で抱え込み、視線を伏せた。
「な、なにか羽織るものを……」
頬を紅く染めながら、彼女は消え入りそうな声で続ける。
「この服……露出が多くて、はっ、恥ずかしいので……」
ノアは目を瞬かせた。
入間もぽかんと口を開けている。
「な、なにこれ……!?」
普段のアメリは、堂々としていて凛々しく、誰よりも強くて――その姿は、生徒会の柱だった。
けれど今目の前にいるアメリは、まるでまったく別人。
声も、態度も、所作までもがまるで少女のようで、儚さすら感じるほどだった。
「えっと……アメリさん……ほんとに大丈夫なんですか?」
生徒会メンバーの一人が、そっと声をかける。
しかしアメリは、それに答えず、胸元を気にしながらうつむいたまま小さく震えていた。
その震えが、寒さからなのか、恐れからなのか、あるいは羞恥からなのか……誰にも分からなかった。
ノアはそっと自分の上着を脱ぎ、アメリの肩にそっと掛けた。
「……ありがとうございます、ノアさん……」
今までのアメリからは考えられないような、しおらしい声が耳に落ちた。
「これ、絶対おかしい……」
入間の呟きに、全員が同意するかのように頷いた。
まるで、アメリが――誰かに「変えられてしまった」かのようだった。
生徒会室に戻る足取りは、いつになく重かった。
けれどこの出来事が、これからの騒動の前触れであることに、まだ誰も気づいていなかった。