光に導かれ蕾は色を変える
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講堂に、生徒たちのざわめきが満ちていた。
シャンデリアが揺れ、魔灯がまたたき、歓声と笑い声が天井へと吸い込まれていく。
講堂の隅、魔具研究師団の仲間たち――入間、アスモデウス、クララと並んで座っていた。
膝の上には、昼間カルエゴに取ってもらった黒猫のぬいぐるみ。
静かにその耳を撫でながら、始まりを待つ。
壇上には生徒会長アメリ。凛とした声で司会を務める。
「第3位、努力賞! サキュバス師団!」
会場がわっと沸く。
クララが「おお〜!やったねー!」と手を叩き、入間が笑う。ノアも小さく頷いた。
「第2位、すごいで賞! 魔術開発師団!」
堂々と名が呼ばれていく中、魔具研究師団の名は出てこない。
それも当然だった。事前に“選外”と告げられていたから。
(団長が起こした事件性を考えると、正当に評価することはできない)
そう言われた時、何も言えずに俯いた。
それでも今日ここに並んでいられることが、ほんの少し、救いだった。
「特賞は……放送師団!」
再び歓声。けれどノアの耳には、少し遠く感じられた。
「……特賞、とりたかったな……」
隣で入間がつぶやいた。
ノアは黙って頷いた。ぬいぐるみを強く抱きしめる。
そんなときだった。
壇上に現れたのは、黒衣の男――カルエゴだった。
空気がぴんと張り詰める。
「今回は例年に比べ、トラブルが多かった」
低く、よく通る声。心が静かに揺れる。
「その中で、教師に報告せず、危険かつ派手な披露を成し遂げた師団がある」
会場が静まり返る。
「本来は懲罰対象だ。だが、披露に対して圧倒的な支持が集まったのもまた事実。
よって、教師陣で討議の上、新たに賞を設けることとした」
「“トリッキーで賞”。魔具研究師団」
どよめきと拍手が巻き起こる。
ノアは一瞬、言葉を失った。
「えっ……?」
クララが声を上げ、アスモデウスが目を見開く。
「……今の、本当に……?」
ノアも小さくつぶやいた。信じられない、といったように。
でも、胸の中がじんわりとあたたかくなっていくのを感じていた。
「代表者1名の位階を1昇格させる。……壇上へ」
静まりかえる師団メンバー。
クララが入間を押し、アスモデウスも「ささ、入間様」と促す。
「えっ、ええええ!? ちょ、ちょっと!?」
慌てる入間の背中を、ノアもそっと押した。
「……いって、きて。…入間、くん」
少しだけ照れた、でも誇らしげな笑顔。
壇上に立った入間を見ながら、ぬいぐるみを抱いて拍手を送った。
あたたかな、胸がいっぱいになるような気持ちで。
今日、この名前を――“魔具研究師団”と呼んでもらえたことが、なによりも嬉しかった。
それは、誰かが見ていてくれたという証。
誰かが認めてくれたという確かな事実。
静かに目を閉じ、胸に手を当てた。
もう少しだけ、この気持ちを、だいじにしていたいと思った。
ノアはカルエゴ邸の扉をそっと開けた。
まだ外は夜の帳が降りているけれど、屋敷の中はほのかな灯りが優しく揺れていた。
「ノアちゃん、おかえりなさい」
いつもの柔らかな声が背中から聞こえて、ノアは振り返る。
リリィが微笑みながら、温かいお茶を手に持って待っていた。
「ただいま、リリィ」
声が少しだけ震えたのは、嬉しさとほっとした気持ちが入り混じっていたから。
リリィはノアのコートを受け取りながら、優しく頭を撫でる。
「今日の文化祭、どうだった?」
ノアは少し考えてから、ぽつりと答えた。
「……うまくいったよ。みんなと、少しだけ……笑えた」
リリィはその言葉に安心したように微笑んだ。
「よかったね。カルエゴ様も、きっと喜んでいるわ」
その言葉を聞いて、胸が少し熱くなった。
「カルエゴ、もうすぐ帰ってくる?」
リリィは小さくうなずいた。
「ええ、仕事が終わったらすぐ戻るって言ってたわ」
しばらくして、扉の外から静かな足音が聞こえた。
ノアは振り返り、心臓が少し速くなるのを感じた。
「カルエゴ様、おかえりなさい」
リリィの声とともに、カルエゴがゆっくりと現れた。
彼の瞳がノアを見つめ、いつもの落ち着いた笑みを浮かべる。
「ノア、今日はよく頑張ったな」
その言葉に、顔がぱっと赤く染まる。
「ありがとう、カルエゴ……」
そのまま、彼の側に自然と近づいていく。
リリィは二人を見守りながら、優しい笑みを浮かべていた。
――今日という日が、少しだけ特別に感じられた夜だった。
「ノア。……少しだけ、時間はあるか?」
カルエゴの低く穏やかな声に、ぴくりと肩を揺らした。
緊張と、ほんの少しの予感――けれど逃げたくはなかった。
「……うん」
リリィが黙って二人を見送り、カルエゴのあとをついて歩く。
案内されたのは、普段は滅多に入ることのない彼の自室だった。
重厚な扉が静かに閉まり、灯りがぼんやりと部屋を包む。
本棚が整然と並ぶ中、部屋の一角にある椅子をカルエゴが示す。
「そこに、座れ」
おとなしく従い、ふと息を整えた。
カルエゴは彼女の正面に立ち、しばらく黙ったままノアを見つめていた。
視線が、鋭くもどこかやさしい。
その沈黙に、指先がわずかに震えた。
「……アミィ・キリヲと、前夜祭の準備中に接触があったな?」
カルエゴの部屋の中。
重く静かな空気の中で、膝の上で指を絡ませながら、何度も深呼吸を繰り返していた。
「……話せるな?」
カルエゴの問いかけに、小さくうなずいた。
その顔はうつむき気味で、けれど決して逃げてはいなかった。
「……前夜祭の前の日、声をかけられて…キリヲさんと話したの」
カルエゴの目が僅かに細まる。
「初めは、普通の会話だった。いつもみたいに……にこにこしてて、少し砕けた口調で、なんでもない話をしてくれてた。文化祭のこととか……花火のこととか」
声は静かだが、言葉を選ぶように慎重だった。
まるで自分の中の記憶をひとつひとつ、手でほどいていくような。
「でも、だんだん……話し方が、変わってきて」
指が強く握られた。
「……『ノアちゃんって不思議やな』って、言ってた。『他の子と違う』って……。それは、別にいいの。昔から、よく言われてたから」
カルエゴは黙って耳を傾けていた。
その沈黙が、ノアの言葉を促す。
「でも、急に……『爆発が起きたときの目が、生徒の目じゃなかった』って。……訓練された目だって。そう言って、わたしに近づいてきて……」
声が小さくなっていく。
カルエゴの視線が鋭さを増すが、ノアの語る言葉は止まらない。
「肩に、手を置かれて。優しい声なのに、逃げられないって……思った。空気が、ぐって重くなって、壁の方に……追い詰められてく感じがして」
「……なぜ報告しなかった」
その一言は、叱責ではなかった。
心配と怒りを押し殺した、低く張りつめた声音。
唇を噛み、ほんの少しだけ肩をすくめた。
「……言ったら、きっと……もう学校にいられなくなるって、思った。わたしが何かを隠してるって、バレたら……せっかく手に入れた今が、なくなるんじゃないかって、怖くて」
その言葉に、カルエゴの口元がわずかに動いた。
「……バカが」
「……っ」
「それを判断するのは、お前ではない。お前はただ……頼ってよかったんだ」
その声に、ノアの目がにじんだ。
感情がこぼれそうになって、でも必死に押しとどめている。
「……でも、話せて、よかった。聞いてくれて……ありがとう、カルエゴ」
言葉にするのが下手なノアが、絞り出すようにそう言った。
カルエゴの部屋の空気は、変わらず静かだった。
けれどさっきよりも、どこかあたたかい気配が漂っている。
まだ緊張が抜けきれないまま、座った姿勢で手を膝に乗せ、俯いていた。
告げたことが正しかったのか、今も胸の奥がざわついている。
「……立て」
唐突な声に、びくりと身体を揺らした。
けれど拒む理由もなく、こくりとうなずいて、立ち上がる。
カルエゴは彼女に背を向け、部屋の奥の棚を開いていた。
その動きにためらいはなく、何かを探していたというより、ずっと前から決めていたように――まるで“用意していた”かのような所作だった。
そして、彼の手にあったのは、漆黒の紐に吊るされた、重厚感のある銀のネックレスだった。
中央には、シンプルな鋭角の魔法紋章。歪みも傷もあるが、確かな存在感がそこにあった。
「……これを、お前に渡す」
「え……?」
ノアの声は震えていた。
それがどういう意味を持つのか、直感で理解してしまったから。
「私がまだ、生徒だった頃のものだ。護符というには大袈裟だが、長年、魔力の制御に使っていた」
無造作に言いながらも、その眼差しはどこまでも真剣だった。
そして何より――そのネックレスが、長い年月を共に過ごしてきた“証”であることを、誰よりもカルエゴ自身が知っている。
「前夜祭でのお前の行動も、今の話も……私は評価する。だが、万が一のときには、これが私に知らせてくれる」
「……そ、それって……でも……っ」
声を絞り出すように呟いた。
「大事なもの、なんじゃ……ないの……?」
カルエゴはほんの一瞬だけ目を伏せ、そして淡く息を吐いた。
「大事だから渡す。――お前に、必要なものだと思ったからだ」
その言葉が、胸の奥に深く染み込んでいく。
いつも冷静で、淡白で、感情をあまり表に出さない彼が。
いま目の前で、自分の“身を守るため”だけに、大切なものを渡してくれた。
ノアの手が、ゆっくりと差し出される。
けれどその手は、小さく震えていた。受け取るのが、怖いのではない。
あまりにも“重たくて、優しい”から――涙がこぼれそうになるのを、なんとか堪えていたのだ。
「……ありが、と……。だいじに、する。ずっと……」
声が揺れる。
けれどその表情は、まっすぐだった。震える両手で、胸の前にネックレスを抱きしめるように持つ。
「……これで、もしまた何かあっても……カルエゴに、届く?」
「ああ。魔力が不安定になれば、すぐわかる」
カルエゴは短く答えると、ほんのわずかに目を細めた。
それが、誰にも見せない“安心の証”であることを、ノアだけが気づいていた。
「……じゃあ、もう……こわくない、かも」
小さく呟いたその声は、かすれたようで――確かに、微笑んでいた。
「……ありがとう、カルエゴ。わたし……がんばるから」
その夜、ノアは生まれて初めて、
“守ってもらえるもの”を首にかけて、眠りについた。
そしてその重みは、
過去ではなく、これからを生きるための“重み”だった――。