光に導かれ蕾は色を変える
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朝の魔界は、めずらしく澄んだ空が広がっていた。
陽の光はやわらかく、まるで今日が特別な日であることを祝福しているかのようだった。
でも――
ノアの胸の奥は、ひんやりとしていた。
玄関先で、リリィが笑顔を向けてくる。
「いってらっしゃい、ノアちゃん。楽しんでき てね」
その笑顔が、胸に刺さる。
ノアは、小さく笑った。
「……うん、いってきます」
手を振って、玄関のドアを閉じた瞬間、
喉の奥に張り詰めた何かが苦しくなる。
でも泣くのは、だめだ。
泣いたら、リリィにばれてしまう。
そして――ノア自身も、壊れてしまいそうだった。
⸻
登校中。
バビルスは朝から賑やかだった。
前夜祭を前に、生徒たちは浮き足立っていて、屋台の準備、衣装の最終調整、いたるところから笑い声が飛び交っていた。
けれど。
ノアの足取りは、どこか浮いていた。
喧騒の中にいるのに、音が遠く聞こえる。
まるで、体だけが動いていて、心がその場にいないような感覚。
昨日のキリヲの問い。
「爆発起きた時、鋭い目ぇするやん……」
「昔……何かやってたりしたん?」
なぜあんなことを聞いたのか。
なぜあの距離まで詰めてきたのか。
――何か、知ってる?
心が凍るようだった。
⸻
そんなまま、魔具研究スペースに辿り着いた。
アスモデウスが真剣な面持ちで説明をしていた。
「本祭開始の鐘が鳴った“瞬間”に、最初の花火を打ち上げる。
それが合図になる」
「その後は定期的に華やかな小型花火を打ち上げ、観客の注目を集め続ける。
“魅せ方”が勝負だ」
アスモデウスの横顔は、まっすぐで、強い。
けれど、ノアはその言葉がなかなか頭に入ってこなかった。
ただ、頷くだけ。
その表情を誰も気に留めないのは、ノアが“そういう子”だと、周囲が思っているからかもしれない。
心の奥で、ごめんなさい、と呟いた。
本当は――今は、何も考えたくないのに。
ノアは魔具研究師団の説明が終わった後、無意識のうちに足を動かしていた。
気づけば、向かっていたのは――カルエゴの元だった。
講師棟の前。
ノアはカルエゴの姿を見つけると、そっとローブの裾をつかんだ。
その細い指に、力はない。けれど、確かに縋るような気配を感じさせた。
カルエゴはちらと視線を落とす。
「……何かあったのか」
ノアは首を横に振った。
けれど、唇はきゅっと固く閉じられ、目は揺れていた。
「そうか……」
静かな声だった。
詰問でも、呆れでもなく、淡々としていながら、どこか柔らかさを含んでいた。
ノアは言葉を探すように、口を開く。
「……こわい夢、見た……だけ」
「夢?」
「……夢の中で、誰かに……ひどいこと、言われた。
やめろって、言っても、笑ってて……何にも、伝わらなかった」
カルエゴはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「それは夢だ。現実では、私が守る安心しろ」
ノアは目を見開いた。
カルエゴはいつも、無機質な命令しか言わない。
けれど今のその言葉は、たしかに――“守る”と告げるものだった。
「……ほんとに?」
「私を誰だと思っている。教師だぞ。生徒の一人も守れず何が務まるか」
ノアは少しだけ、口元を緩めた。
それを見て、カルエゴはわずかに表情を緩めた……気がした。
けれど次の瞬間――
ズゥンッ――!
大地が揺れた。足元から空間が軋む。
空間に異様な気配が走り、突然、目の前に見えない壁が出現する。
「っ、結界……?」
カルエゴは眉をひそめ、すぐに番犬の鉤爪――ケルベロビュートで攻撃
壁に向かって叩きつける。だが破壊しても、すぐに修復される。
「自動修復……想像以上に厄介な代物だな」
そしてノアに向き直る。
「ここで待て。巻き込まれると面倒だ」
けれど、ノアはその場から動かなかった。
目を伏せ、またカルエゴのローブの裾を握りしめる。
「……いや」
「ノア」
「やだ……離れたくない……」
その声は、かすれて震えていた。
いつも冷静で、めったに感情を見せないノアの、素直な恐れだった。
カルエゴはしばし沈黙したが、やがて小さく息を吐く。
「……仕方ない。ついてこい。ただし、勝手な行動はするな」
ノアは小さく頷いた。
ただ隣にいてくれる、それだけで――少しだけ心が温かくなる気がした。
その後、生徒の混乱を防ぐため“演出だった”とごまかし、中央広場へ誘導。
カルエゴはノアを連れたまま、管理倉庫室へ向かった。
「ここで待っていろ。すぐ戻る」
「……いっしょに、行っちゃだめ?」
「中は狭い。今はここで十分だ」
ノアはほんの少し頷き、ドアの前で待機する。
ドアの向こうからは、教師たちへ向けたカルエゴの厳しい声が漏れ聞こえてくる。
「――アミィ・キリヲを見つけ出せ。
主犯の最重要候補だ。見つけ次第、拘束せよ」
その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
それは、昨日まで優しく話しかけてくれたキリヲ
小さな呼吸。震える肩。
そして、気づけばカルエゴのすぐ横にぴたりと寄っていた。
彼はその様子を見て、珍しく優しい声音で言った。
「……何か、あったのか?」
ノアはゆっくり首を横に振る。
「でも……怖い…」
「ならば尚更、離れるな」
カルエゴはロビンに指示を出した後、ノアの肩に手を置く。
「おまえはまだ、子どもだ。頼って構わん。必要なら、声を上げろ」
――思わずその手を両手で包んだ。
涙が、滲みそうになる。
「……カルエゴ、先生……」
「泣くな。前夜祭が始まるぞ」
その冷たい言い方の裏にある、確かなあたたかさ。
ノアは、それをちゃんと感じ取っていた。
その後、連行されてくるアミィ・キリヲ。
鎖をかけられながら、どこか穏やかな笑みを浮かべている。
その視線が、ノアに向けられる。
「ほな、またね、ノアちゃん」
その言葉の“また”が、ノアの胸を冷たくした。
まるで、まだ終わっていないと言わんばかりの予告。
ノアは黙って目を逸らし
カルエゴのローブの端を、ぎゅっと握りしめながら。