光に導かれ蕾は色を変える
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朝。
研究室の一角では、今日も花火の調整が続いていた。
昨夜の成功が皆の士気を高めている。
クララは相変わらず元気いっぱいにはしゃぎ、アスモデウスは黙々と作業をこなしていた。
ノアも黙って火薬の重さを計ったり、紙を丁寧に巻いたりしている。
「……ノアちゃん」
ふいに、後ろから名前を呼ばれる。
振り返ると、キリヲが穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「ちょっと、手ぇ借りてもええかな? 少しだけ、見せたいもんがあって」
一瞬戸惑ったが、断る理由も見つからず、小さく頷いた。
「…はい」
「ありがと。こっちやで」
キリヲは人目を避けるように、3年塔の廊下の奥へと歩き出す。
その先は、普段誰も通らないような通路だった。
(……ここ、初めて通る)
やや不安を抱きつつも、黙って後に続いた。
キリヲが立ち止まり、何気なく指でレンガの一角を押し込む。
ゴトン――
低い音を立てて、壁の一部がゆっくり開いた。
「……隠し部屋?」
「昔、廃棄用の魔具を保管してたとこらしいわ。今は誰も使ってへん。静かで落ち着くやろ?」
「……そう、ですね」
部屋の中はひんやりと冷えていた。古い魔具や本が無造作に積まれていて、少し埃っぽい。
けれど、意外にも整っていて、灯りもつく。
キリヲは入り口を軽く閉め、ふと笑ってノアを振り返った。
「いやぁ、ノアちゃんて、ほんま不思議な子やなぁ。
静かで、ちょっと他の子とは違う雰囲気あるやん?」
「……そうですか?」
「うん。昨日の花火のときとか、よう動いてくれた。助かったで、正直」
「……私も、きれいだなって思ったから…」
「そっか……うんうん、ええ子やなぁ。
でもな、ちょっとだけ気になってることがあるんよ」
キリヲの声が、少しずつ低く、穏やかさの奥に別の色を帯びていく。
「ノアちゃん……前に爆発が起きた時、瞬間的に鋭い目してたよな?
……あれ、ただの生徒の目じゃなかった。もっと、こう……訓練された目ぇやった」
ノアの身体がぴくっと揺れる。
「……そんなこと、ない。私は、ただ……」
「ほんまに? なんもないん?」
一歩、近づく。
ノアの視線が泳ぐ。
キリヲの気配が、空気を押して迫ってくる。
「俺な、ちょっと気になるんや。もしノアちゃんが、昔なんかあったんやったら、ちゃんと知っておきたい。
――大事な仲間やからこそな」
その言葉の優しさに反して、キリヲの手がそっと、けれど強く、肩に触れる。
そのまま、ゆっくりと壁際へと追い詰められていく。
「ねえ、ノアちゃん。ほんまのこと、教えて?
どこで育った? 訓練でも受けたことあるんちゃう?」
(やめて……)
胸がぎゅっと締めつけられる。
言いたくない、思い出したくない――でも、声が出ない。
手のひらが冷たくなっていく。
息も、浅くなる。
キリヲは、笑ったまま、もう目の前にいた。
「ノアちゃん。大丈夫やって。俺、ちゃんと味方やから」
「…………っ!」
その瞬間――
「何してるんですか、こんな所で」
唐突に、明るい声が部屋に飛び込んできた。
少し場違いな、緊張感のない声だった。
ドアの向こうに、入間がいた。
どうやらノアが中にいるとは知らず、完全にキリヲにだけ声をかけた様子だった。
「おっと……」
キリヲが気まずそうに笑い、肩をすくめる。
「いやぁ、ちょっと古い魔具を見せようと思って。ノアちゃんに」
その瞬間、小さく震える手でスカートの端を握りしめ、サッと入間のほうへ歩いていく。
「……ありがとう、入間くん」
「……ノアちゃん?」
入間は一瞬、彼女の顔に影が差していることに気づく。
けれど、何があったのかは分からず、ノアは部屋を出て行き
クララたちのいるスペースへと戻った。
元気いっぱいに笑っているクララの姿が見えて、
ほっと息を吐く。
その笑い声が、ノアの揺れていた心に、小さな灯を戻してくれた。
家に戻ったノアは、部屋の扉を静かに閉めると、廊下の先に立っていたリリィにまっすぐ歩み寄った。
「……リリィ」
「ノアちゃん、おかえ――」
言い終えるよりも早く、ノアはすっとリリィの胸元に顔をうずめた。
小さな肩が、震えている。
「……何かあったの?」
問いかける声に、首を横に振る。
けれど、そのまま両腕を伸ばして、リリィの服の裾をぎゅっと握った。
「……なんでもない、よ。……でも……」
「でも?」
「……声が、こわかった。……すごく、いやだった」
ぽつりぽつりと、抑えきれなかった言葉が零れていく。
指先は冷たくて、服の端を離す気配はなかった。
リリィは何も言わず、その小さな背中に手をまわして、優しく抱き寄せた。
しばらくそうしていると、ノアは少しだけ息をついて、顔を上げる。
「……リリィの声、もっと聞きたい。……耳、貸して」
「ふふ、しょうがない子」
リリィは笑って、ノアの額に手を当てながら、自分の膝の上にそっと彼女を座らせた。
そのまま抱きつくようにして、リリィの胸に顔を埋める。
「……今日の夜ごはんね、ノアちゃんの好きなスープの残りあるの。あとであっためてあげる。
そのあと、いつもの蜂蜜ミルクもね」
「うん……ぜんぶ飲む……ぜんぶ、聞いてるから……声、もっとちょうだい……」
小さな声が、安心したように囁かれる。
リリィの服をくしゃりと握る手に、まだ不安が残っていたけれど――
「……ずっとそばにいるわ、ノアちゃん。大丈夫。明日も、明後日も」
「……うん」
その言葉が、胸に静かに灯った。
たとえ学校で何があろうと、
ここに帰れば、温かい腕と優しい声がある――
それが、ノアの一番の救いだった。
***
闇が深まる頃、キリヲは魔具研究棟の屋上に立っていた。
誰にも気づかれないよう、魔力を最低限に抑えてスマホ型の通信魔具を耳に当てる。
「……で? 進捗はどうだ?」
受話口から響いたのは、聞き慣れた低く重たい声。
バール――この計画の全体を動かす男だ。
「うん、まぁまぁ順調ですわ。爆破装置の配置は今日で完了しました。あとは起動だけです」
「そっちは元から想定内だ。――あのガキのことは?」
キリヲの口元がゆるむ。
「ノアちゃんのことやな。ふふ、ちょっと面白い子ですわ。
あの子……やっぱりただの生徒ちゃいますわ。昨日の反応、まさに“わかってる奴”の動きでした」
「それで?」
「揺さぶってみましたけど、言葉は濁してました。けどな……目が、バレた時の反応が完璧ですわ。
おそらくやけど、戦場か、少なくとも実戦経験あるタイプやと思います。
育ちが特殊なんか、あるいは……何かの組織にいたんやと思いますわ」
「……やはりな」
数秒の沈黙。
バールの呼吸が、ひとつ重くなる。
「あの声……やっぱり記憶に残ってる。昔、俺の商売一つ潰したガキにそっくりだ。
まぁ、顔は忘れてるが――あの声だけは、覚えてる」
キリヲの瞳が細くなる。
「ふぅん。そんなん、潰されたことなんてあったんや。意外ですわ」
「黙れ。例の機材、明日には使えるようにしとけ。
それと、そのノアってガキ。
ただ、見張っとけ。動きに注意しろ」
「かしこまりました」
「よし、任せる。しくじったら許さねぇからな」
「わかってますって、兄さん
……でもまぁ、ちょっとぐらい遊んだってええんちゃいますか? 花火大会の夜なんやし」
「……」
プツッ。
通信が一方的に切れた。
キリヲはその場で小さく笑う。
「はぁ~、怖い怖い。
けど……あの子の顔、えぇ表情してましたわ」
夜風にさらされながら、
キリヲの笑みは一層深く、不穏に歪んでいった。