蕾は優しい光に包まれる
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処刑玉砲の熱気と歓声の余韻が、まだ耳の奥でじんわりと響いている気がした。
帰り道、仲間たちの笑顔を思い出していた。勝利を祝う声、入間を胴上げする光景。それらが決して悪いものではないと分かっている。むしろ、心から祝福していた。
でも――やっぱり、悔しかった。
「……っ」
玄関を開け、靴を脱ぎ、廊下を歩くその足取りは、いつもより少し重たかった。
リリィが「おかえり」と笑顔で迎えてくれる。でも、ただ黙って軽く頷くだけだった。リリィはその様子に何も言わず、そっと後ろ姿を見送った。
部屋に入ると、制服のままベッドに倒れ込む。視線は虚空を彷徨い、あの時のシーンが何度も頭に浮かんでは消えていく。
――手からすり抜けた、あのボール。
――地面に落ちたときの、あの感触。
――カルエゴの「勝者Aチーム」の声。
(……私のせいで、負けたのかな)
言葉にしてしまいそうな思考を、ぎゅっと胸に押し込む。誰のせいでもない、そう分かっていても、悔しさは簡単には消えなかった。
そのとき、ふと部屋のドアがノックされる。
「……ノア、入るぞ」
低く、けれど聞き慣れた声。カルエゴだった。
慌てて起き上がる。制服は少し皺になり、髪も乱れていたが、それを気にする余裕もなかった。ただ、姿勢を正して、言葉を待った。
カルエゴは無言のまま、ゆっくりと部屋に入り、ノアの前まで歩いてくる。そして、壁にもたれかかるように立ち、腕を組んだ。
「……お前、悔しい顔してるな」
一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに目をそらす。
「……悔しくなんて、ない」
「嘘だな」
カルエゴの即答は、刺すような鋭さではなかった。静かに、けれど心に届くような声音だった。
「俺にはわかる。お前はあの試合、本気で勝ちたかった」
ノアは目を伏せ、小さく頷いた。俯いたその目に、じわりと熱いものが滲む。
「練習したのに……取れたはずなのに。手から、すり抜けて……!」
言葉にすると、堪えていた感情が一気に溢れてくる。目をぎゅっと瞑って唇を噛んだ。
カルエゴはしばらく何も言わなかった。だが、やがて、静かに声を落とす。
「それでいい」
「……え?」
「悔しいと思えるのは、前に進んだからだ。昔のお前なら、悔しがる前に諦めていた」
ノアはカルエゴの顔を見上げる。彼の目は、いつもよりも柔らかく、自分を見ていた。
「努力したことも、負けて悔しいって思ったことも、全部――お前が“悪魔”として成長してる証だ。だからその悔しさ、忘れるな」
ノアは小さく瞬きをして、それからほんの少しだけ笑った。
「……うん」
そのとき、廊下からリリィが顔を覗かせる。
「……ご主人様、少しは優しく声かけました?ノアちゃん、頑張ったんですから」
「言うべきことは言った」
「そうですか。じゃあ、次は私の番ですね」
リリィがそっと部屋に入り、ノアの隣に腰を下ろす。
「……よしよし、もう我慢しなくていいよ」
そう言ってリリィがそっと腕をまわして抱きしめてくれた。ふわっと広がる花の香りと、ほんのり温かな体温。ノアの肩がピクリと震える。
「リリィ……?」
「うん、ここにいるわ」
囁くような声で、リリィはノアの頭を胸元にそっと押し当てた。まるで壊れ物に触れるように、やさしく髪を撫でながら、言葉を続ける。
「いっぱい頑張ってたの、知ってるわ。サブノックくんと毎日練習して、夜遅くまでボール投げて、手も真っ赤にして」
ノアは小さく、くぐもった声で呟く。
「……でも、負けた」
「うん、負けちゃったね。でもね――それでも、ノアちゃんは本当に偉かったの」
リリィの言葉はまるで蜜のように甘く、柔らかくノアの胸に沁みていく。
「悔しくても泣かなかった、責めたりもしなかった。ちゃんと最後まで向き合ってた。ねぇ、えらいよ? 本当に立派だったわ、ノアちゃん」
ノアの喉から、ひとつ嗚咽が漏れた。
リリィはそれを咎めず、もっとしっかりと抱きしめる。優しく、包み込むように。
「いっぱい我慢してたでしょ。今だけは、私に甘えて? ぎゅってしてあげるから」
ノアは何も言わず、そっとリリィの服を握る。ぐしゃ、と皺になった袖が、静かに彼女の想いを伝える。
「……うん、甘える」
その一言に、リリィは微笑んだ。
「うん、甘えて。ノアちゃんはまだ、頑張らなくていいの。今日は、よく頑張ったって、それだけでいいの」
言葉を重ねながら、リリィはノアの頭を優しく撫で続けた。まるで子どもをあやすように、静かに、静かに――。
ノアの瞳から、ぽろりと零れた涙は、何かを清めるようにゆっくりとシーツに落ちていった。
その夜、ノアはリリィの腕の中で、何日ぶりか分からないほど深く、安らかな眠りに落ちた。