蕾は優しい光に包まれる
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数日後の放課後。
植物塔での授業以降、ノアは少しずつクラスの空気に馴染みはじめていた。
そんな中、渡り廊下でぽつんと佇んでいたノアに、クララが明るく声をかけてきた。
「ノアち!暇? 今からちょっとだけ遊ばない?」
一瞬きょとんとしたノアだったが、顔を向けてうなずいた。
「……うん。行く」
クララに手を引かれるように向かった中庭には、すでに入間とアスモデウスがいた。
ふたりとも、ノアに気づくと優しく微笑んでくれる。
4人でのんびり談笑する中、ふと、ノアは入間の表情がどこか元気のないことに気づいた。
(……少し、疲れてる?)
迷いながらも、ノアはそっと声をかける。
「入間、くん……どうか、したの? なんか、元気ない……」
入間は苦笑しながら答えた。
「うーん、ちょっとね……。最近、考えてて。もっと強くならなきゃな位階、上げたいなって」
その言葉にノアは一瞬黙る。
でも、勇気を出して目を合わせた。
「……わたしも……。位階、上げたい。上げる方法……教えて、欲しいなって」
すると、隣で聞いていたアスモデウスがぱっと手を打った。
「それなら、昇級準備を始めましょう。ちょうど地下運動場が空いているはずです」
4人はそのまま地下へ向かい、大きな訓練場へと足を踏み入れた。
空気は少しひんやりしていて、床には白い線がいくつも引かれている。
「定期的に授業内で行われる“位階昇級対象授業”にて、実力を示すこと。
そして、次回の内容は『処刑玉砲』です」
アスモデウスの言葉に、小さく首をかしげた。
「……処刑、玉砲?」
「うむ!ボールを使った魔界式の試合だ!」とサブノックがいれば叫びそうな勢いで、アスモデウスが説明を続けた。
「領地を線で区切り、相手にボールを当てる。
当てられた者は外野に行くが、そこから再び敵に当てることで内野に戻れる。戦略と反射神経が問われる競技だ」
「なんかおもしろそ~!」とクララが目を輝かせ、すでにボールを抱えていた。
人数合わせのために傀儡人形も使って、簡易チームを編成。
ノアはボールを受け取ると、不安よりもどこか胸がわくわくするのを感じていた。
(……体、軽い。うまく、動けるかも)
試合が始まり、最初はぎこちなかったが、すぐにコツをつかんでボールをかわし、敵に当てる。
クララの無邪気な笑い声や、アスモデウスの的確な指示、入間のフォロー――
その全てが新鮮で、心地よくて、ノアの中に少しずつ「楽しさ」が広がっていった。
試合の途中、無意識に口元をほころばせていた。
「……たのしい」
ぽつりとこぼれたその言葉に、クララがにっこりと笑いかける。
「ノアち、笑ってる!」
「……えっ……あ……」と慌てて顔をそらすノアに、皆があたたかく笑った。
ノアにとって、“位階昇級”という言葉の向こうに、“仲間と過ごす時間”が少しだけ重なるようになった一日だった。
地下運動場での処刑玉砲。
ノア、入間、アスモデウス、クララの4人に加え、見学していたクラスメイトたちも次第に混ざり、試合は本格的な様相を見せ始めていた。
「ふははは! 我が渾身の一撃、見よ!」
サブノックが豪快にボールを振りかぶり――
「ノアち! あぶ――」
クララの声が届くより早く、背中にボールがドゴッと当たった。
「……っ……!」
反応する間もなく、その場に崩れ落ちた。
よそ見をしていた彼女は、全く避けることができなかったのだ。
「ノア!? しっかりせいっ!!」
すぐさま駆け寄ったサブノックは、自分の手で彼女を抱きかかえ、真剣な顔で叫んだ。
「保健室へ運ぶ! 己が責任を取る!」
そう言うや否や、訓練場を駆け抜けていくサブノック。その腕の中で、まぶたがゆっくりと閉じていった。
しん……と静まり返った保健室。
かすかにシーツが揺れ、まぶたを開けた。
「……ここ……保健室……?」
「ノアっ!!」
鋭くも焦った声が響く。隣にいたのは、背筋をまっすぐ伸ばして仁王立ちしていたサブノック。
だがその顔はいつになく沈んでいて、今にも床に額をこすりつけそうな勢いで――
「すまなかった! ノア! 完全に、余の不注意だ……! あのような豪速球を当てるつもりは毛頭なかったのだ!!」
「……っ」
ノアは驚きに目を見張る。サブノックは続ける。
「許してくれとは言わぬ! が、何か、償いをさせてくれ! 何でもする! 草むしりでも! 水汲みでも! 食事の世話でも! 寝る前の読み聞かせでも!!」
「……ふっ」
あまりに真剣すぎるサブノックの訴えに、喉から、かすかな笑い声が漏れた。自分でも驚くような、小さな笑い。
ほんのり赤らんだ頬を隠すように目を伏せながら――
「……じゃあ」
「おおっ、なんでも命じてくれ!」
「……また、練習……付き合ってほしい」
静かで、それでいて真っ直ぐなその言葉に、サブノックの肩がびくりと震えた。
「……よいのか!? それで……」
「……うん。サブノックくんのボール、……すごかったから。今度は……ちゃんと見てる。避けてみせる」
そう言って、小さく微笑んだ。
その表情に、サブノックは目を見開き――すぐに満面の笑みで拳を握った。
「ふはははは!! よかろう!! それが償いならば、己は全力で付き合おう! 次は最強の一球を投げるぞ!!」
「……うん。今度は負けない」
まだどこかぎこちないながらも、ノアの中に新しい何かが芽生え始めた瞬間だった。
誰かとぶつかって、謝って、また笑い合う。
そんな当たり前のやりとりが、ノアにとっては少しだけ、特別だった。