蕾は優しい光に包まれる
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
まだ世界が目覚めきらない、静かな朝。
カーテン越しに差し込む淡い光に、ノアはゆっくりと目を覚ました。
布団の温もりの中、身体を丸めたまましばらく動かない。
「ノアちゃん、起きてる?」
扉の向こうから、優しい声がした。リリィ。
彼女の声は、ノアにとって魔界で初めて触れた“穏やかさ”そのものだ。
「……うん。いま、起きた」
掠れた声で返すと、扉がゆっくり開いて、リリィが入ってきた。手には湯気の立つカップ。
「おはよう。今日から、ちゃんとした授業が始まるんでしょう? 無理せず、でも、ちゃんと食べるのよ」
ベッドサイドに腰かけるリリィに、ノアは小さく頷いた。
「……ありがとう、リリィ。……行ってくるね」
その言葉に、リリィが微笑む。ノアも、少しだけ、口元をゆるめた。
植物塔。
塔の中心には巨大な螺旋階段がそびえ、光を反射する葉がキラキラと宙に舞っている。空気はひんやりとして澄み、魔力の気配がそこかしこに漂っていた。
魔生物担当のストラス・スージー先生が、いつものふわふわした雰囲気で登場する。
「みなさぁ〜ん、今日は魔術の基礎、『魔力のかたち』を育ててもらいます〜」
目の前に置かれたのは、小さな鉢植えと、土に植えられた一本の苗。まだ芽も出ていない。
「コツは〜、頭の中で『完成した花』を思い浮かべること〜。魔力がその形を覚えてくれるんです〜」
ノアは、鉢を見つめた。
――完成形?
……分からない。自分の“理想”なんて、考えたこともなかった。
けれど。
ふと、思い浮かんだのは――誰かの手の温かさ。朝の光。リリィの声。カルエゴの背中。
ゆっくりと、両手を鉢にかざす。魔力がしゅる、と指先から苗へと流れていく。
「……クワンッ……クワン……」
土の匂いがほんのりと漂う中、ノアは苗に両手をかざしていた。
――完成形。
自分の魔力が、花になる。自分の“内側”が、形になる。
怖くないといえば嘘だった。
もし、何も咲かなかったら。もし、咲いたものが“おかしい”と言われたら。
けれど、それでも――
(……やってみたい。リリィに、カルエゴに“できたよ”って、言いたい)
静かに息を吸って、細い指先から魔力を送り込む。
すると、苗がぷる、と震えた。
小さな茎が伸び、やがてその先に、透き通るような蕾が灯る。
花弁は薄く、光に透けるような淡い白。中心がほんのり琥珀色に染まり、まるでノアの瞳がそこに映ったようだった。
ゆらゆらと震えながらも、しっかりと咲いている――そんな花だった。
「……咲いた……?」
ノアがぽつりと呟いた瞬間、
「うわああぁ、キレイ〜〜〜〜〜!!」
横から飛び込むような声。
クララだった。
「なにこのお花! ふるふるしてて、ふわふわしてて……なにこれ、泣いちゃいそう〜〜!!」
ノアが驚いて目を丸くすると、クララはすぐ横で、鉢に顔を近づけていた。
「ノアちの魔力って、優しいのかも! なんかね、このお花……“さみしいけど、信じたい”って言ってる気がする!」
その言葉に、ノアの肩がびくりと揺れた。
(……ノアち?……信じる……?)
そうかもしれない。けれど、自分でもよく分からない。
戸惑って、何も返せずにいると――
「えへへ、変なこと言った?」
クララが顔を覗き込んで、にっと笑った。
「ご、ごめんなさい……その、びっくりして……」
ノアは小さく俯いた。思わず敬語になってしまう。
「えー、謝ることないよ! むしろ、ありがとう〜! こんな綺麗な花、見せてくれて〜!」
クララの言葉は、まるで太陽の光みたいに、ノアの中にすっと差し込んでくる。
「……うれしい。そんなふうに、言ってもらえて……」
かすれた声で、ようやく返すと、クララはパッと笑った。
「じゃあ! もうお友達決定だねっ!」
「……え?」
「お友達になったら、今日から一緒にお昼食べよ? ノアちのこと、いっぱい聞きたいな〜って思ってたんだ〜!」
“友達”という言葉に、ノアの胸がふっと揺れる。
生まれて初めて、その言葉を自分に向けてくれた子がいる。
「……うん。……よろ……よろしく、お願いします」
最後だけ、声が上ずった。でも、ちゃんと言えた。
それを聞いたクララは、満面の笑みを浮かべて
「やったああああああ!! ノアち、すきーーー!!」
抱きついてきた。
ノアは驚いて固まったものの、ほんの少しだけ、肩の力が抜けた。
ふわふわと笑うクララの声に、くすぐったいような気持ちが胸に灯る。
(……なんか、あったかい)
知らずに、口元が緩んだ。
目を逸らして、誰にも気づかれないように。けれど確かに、笑っていた。
「よくできました〜! その調子で、どんどん魔力を送り込んでくださいね〜!」
ストラス・スージー先生の朗らかな声が植物塔に響く。
塔の中は光と緑に包まれ、鉢植えの花々があちこちで咲き始めていた。
ノアは、自分の小さな花を見つめたまま、まだ少し鼓動が落ち着かないでいた。
目を閉じて魔力を通したとき、自分の中の“何か”が花に映ったようで、胸の奥がじんとした。
(……あれが、わたしの、魔力……)
そんなときだった。
上階から、ザワザワとした騒がしい気配が降ってくる。
ノアがそっと顔を上げると、他の生徒たちも上を見上げ始めていた。
「え、生徒会じゃない?」
「なんでこっちに来てるの?」
誰かが囁いた瞬間、ズカズカと勢いよく階段を降りてきたのは、金髪の大柄な少年――サブノックだった。
「ふははははっ!! 愚問愚問ッ!!」
サブノックが堂々と笑いながら、指を天に突き上げる。
「このサブノック・サブロを見に来たに決まっておろう!!」
その横で、鉢の中に咲いた花が「ギャルルッ」と奇妙な声をあげながら、自分で鉢をぶち壊した。
トゲトゲしく、やたらと元気な花だった。
(……あんなのも、咲くんだ……)
ノアが圧倒されていると、すぐあとから、アスモデウスが優雅な足取りで現れる。
「フンッ、全く品のない!」
アスモデウスの手には、
炎のように燃える花。まるで火が舞っているかのような華麗さだった。
「おおっ、見事な炎の花ではないか!
花には水をやらねばな!!」
「ちょっ、やめ――」
ザバーンッ!!
盛大に水をぶっかけられ、アスモデウスの花がじゅんっと蒸気をあげながら鎮火した。
「……貴様ッ!!」
「ふははは! 感謝は要らぬ!」
そんなやりとりをぽかんと見ていたノアの隣で、クララがケタケタと笑っていた。
「アズアズ、ドンマイ〜〜! あ、あれ? 入間ちは?」
そのとき――
ドゴォォォォンッ!!!
まるで何かが爆発したような重い音が塔に響いた。
全員が振り向いた先には、入間が立っていた。
彼の後ろには、巨大なピンク色の花が咲き誇っている。
花弁は幾重にも重なり、光を浴びてほのかにきらめいていた。
「わああ……!」
「でっか……でも、綺麗……!」
ざわつく生徒たちの中で、ノアは言葉もなく、その花を見つめていた。
どこか優しくて、まっすぐで、誰のためでもなく、誰かを包み込むような……そんな魔力を感じた。
ピンクの大輪の花は、まるで塔の中の空気を変えたようだった。
柔らかくて、温かくて、けれど芯のある美しさ。
ノアは目を見開いたまま、無意識に一歩、入間に近づいていた。
「……すごい……綺麗」
ぽつりと、口をついて出た声。
その声に入間が振り返り、目が合った。
「あっ、ありがとう……! えっと、ノアちゃん、だよね?」
驚いたように目を丸くしたあと、入間は屈託なく笑った。
その笑顔に、ノアは一瞬、言葉を失った。
(……すごく、素敵な笑顔……)
うまく言葉が出ないまま、小さくうなずくと――
「うんうん! 入間ちの花、めっちゃ可愛かったよね!」
隣から、クララが勢いよく顔を覗き込んできた。
「ノアちってさ、ちょっと無口だけど、声かわいい〜! もっとしゃべって〜!」
「えっ、あ……その……」
ノアは目を泳がせながら、思わず視線を逸らした。
急に近づかれてどうしていいか分からず、口元をぎこちなく引き結ぶ。
(わたし……今、笑らえてるのかな……)
だけど――
「ノアの花も、すごく綺麗だ」
静かな声がして、今度はアスモデウスが近づいてきた。
ノアの鉢を見ながら、真っ直ぐに言う。
「繊細で、でも芯がある。魔力の出力はまだ不安定かもしれないけど……悪くない」
「っ……ありがとう……ございます」
ふいに顔が熱くなり、ノアは視線を下に落とした。
誉められることに慣れていない。まして、こんなふうに真面目に言われるなんて。
(……まだ、うまく言えない。でも……)
クララがくすっと笑いながら言う。
「ね、これからも一緒に授業しよ! ノアち、面白い反応するから見てて飽きない〜!」
「お、おもしろいって……」
「ふふっ、照れてる照れてる〜!」
そんな風に無邪気に言われて、どう返せばいいのか分からず、ノアは困ったように頬を染めた。
入間がその様子を見て、また笑った。
「うん、これからよろしくね、ノアちゃん、なんだか、仲良くなれそうだね」
その言葉に、ノアはふと顔を上げた。
目の前にあるのは、ただ真っ直ぐで優しい笑顔。
怖くない。
信じてもいいのかもしれない。
ノアはほんの少し、口元を緩めて――目を逸らしながら、小さく笑った。
「……ん。……よろしく……」
小さくけれど、確かに距離が縮まった瞬間だった。