花は灰色に染まり…
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それからの日々、アトリはまるで隙あらばという勢いでノアにキスを迫ってきた。
「ねぇねぇ、今の俺の手際、すっごく上手だったと思わない? だからぁ〜、ご褒美の……♡」
「しない」
「えぇぇぇ〜〜!? ちょっとだけ、ほんの触れるだけでいいから〜〜」
「無理。近い。離れて」
「ノアちゃん冷た〜い……でも、そういうとこも可愛い〜♡」
面倒ではあるが、アトリのこういった態度には、もはや慣れてきていた。
ひらりと躱しながら、淡々と任務をこなしていた。
情報収集、偽装工作、監視
かつての日々を思い出すような任務の日常の中で彼女はただ、冷静に行動を続けていた。
そんなある日。
屋敷に一人の来訪者があった。
「やっほ、ノアちゃん。元気そうやな」
ひらひらと手を振って現れたのは、キリヲだった。
ノアは立ち上がり、彼に視線を向ける。
「何の用?」
「そやなぁ……ちょっとお願いに来たんや」
少しばかりおどけた調子で、キリヲは話を切り出す。
「今度、デビキュラムっていう社交式イベントがあるんやけど、参加せえへん?」
「……私が?」
ノアは怪訝そうに眉をひそめる。
「パートナーがおらんと出られへんのやけど、男と行くのはイヤでなぁ。ほら、僕、そういうのめんどくさいし」
そう言ってキリヲはにこっと笑う。
「ノアちゃんくらい可愛い子やったら、僕も嬉しいし。……嫌?」
「…別に嫌じゃないけど」
そこに、アトリの声が割って入った。
「はぁ!? ダメに決まってるじゃん!?
ノアちゃんは俺と一緒に……っていうか
他の男とパートナーとかありえないから!!」
「でも私、別にあんたと行くって言ってないし」
あっさりとした声で返すノアに、アトリは明らかに不服そうな顔をする。
「いいよ、行ってあげる。服見に行かなきゃ」
「ありがとう、楽しみにしてるわ〜」
満面の笑みで手を振るキリヲを横目に、部屋の奥へ向かい、早速衣装選びに取り掛かることにした。
屋敷の一角に設けられた仮設の試着室。
無言のまま、ドレスを掛け替えては袖を通していく。
静かに鏡を見つめ、次の一着を手に取る。
扉を開けた瞬間、案の定、外から声が飛んできた。
「わっ、次それ!?ラベンダー……!可愛いけどっ!!」
声の主はアトリ。
勝手に付きまとい、試着のたびにソファで待機しては感想を垂れ流す。
「それノアちゃんの影の強さが出てない〜!
背中も開きすぎ〜!!」
ノアは言葉を返さず、ただ一度、ほんのわずかに眉を寄せた。
何も言わずに再び扉の奥へと戻る。
次に試したのはエメラルドグリーンのノースリーブ。
布地が風に揺れるように軽やかで、肩紐が細く繊細な印象を与える。
「う、うわ……眩しい……!でもそれ、肩紐落ちそうに見えるってば!やばいよそれ……!」
「落ちない」
「見えるのが問題なんだって〜!もう、俺の心臓が限界!」
ノアは溜息をつき無言で扉を閉めた。
黒のセミロングドレスに袖を通す頃には、明らかに動きが早く、荒くなっていた。
深いスリットが入ったその姿に、アトリが目を覆いながら絶叫する。
「出しすぎ!足!!そんなのキリヲに見られたら!俺、死ぬ!!」
ノアのこめかみがわずかに引き攣る。
(……本当に、煩い)
怒りを表には出さない。
けれど鏡を見つめる目は、どこか刺々しい光を帯びていた。
いくつかを経て、深紅のドレスを選び取る。
冷たい艶と強さを内包した、静かな決意を映す一着。
扉を開けたその瞬間アトリが息を呑んだ。
「っ……なにそれ、完璧すぎ……っ!」
ノアは彼に目を向けもしない。
ただ鏡の前に立ち、表情を変えぬまま頷いた。
「……それで行くの?」
アトリの問いに、無言で視線だけを向ける。
冷たい琥珀色の目が、一瞬だけ鋭く光った。
「いい加減、黙って」
ぴしゃりと叩きつけるような言葉だった。
そのままドレスを手に取り、扉をすれ違いざまにアトリの肩を掠めるようにして部屋を出る。
「キリヲに見せるとか……やだやだやだ、俺、もう無理……!」
アトリのうめき声が背後にこだまする。
ノアはそれを聞きながら、小さく吐息を漏らした。
「……本当にうるさい」
呟いた声は誰にも届かず、廊下の奥に消えていった。