花は灰色に染まり…
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝
ノアの隣には、今日も当然のようにアトリがいた。
「ノアちゃ〜ん、朝から綺麗だねぇ♡ 寝起きの顔、最高だった〜」
「……いい加減、距離を取って」
ぴしゃりと冷たい声で言っても、アトリはニコニコ顔を崩さない。
「も〜、そんな冷たくしないでよ〜。これでも俺、結構傷つくんだよ?」
「繊細な神経があるなら、最初からやらないで」
「ウフフ〜それもそう!」
毎日がこの調子だった。
どんなに不快感を表しても、空気を読まず近づいてくるアトリ。
元祖返りの異常性に呆れながらも、ノアはただ任務をこなす日々を繰り返していた。
その朝、扉を叩く音がした。
任務の通達だった。内容を読んだ瞬間、ノアの目がわずかに見開かれる。
“入間を、連行せよ”。
くす、とノアは笑った。
***
バビルスの中庭。
季節の風が柔らかく吹き抜ける芝生の上で、入間、アスモデウス、クララの三人が談笑していた。
姿勢を低くし、影の中からそっと這い出るようにノアは現れる。
変装はしていない。いや、必要なかった。今の彼らにとっては、仲間なのだから。
「入間くん、久しぶりだね。少し話したいことがあるの。ついてきてくれない?」
その声に三人が振り返る。
いつもと変わらぬ顔、けれどそこに宿る気配が違った。
「ノアさん…?」
戸惑う入間の前に、アスモデウスが立ちふさがる。
「ここでは、だめかな?」とおずおず問う入間に、
「だめ。だって、二人は邪魔なんだもん」
その言葉と同時に、アスモデウスが炎の剣を構える。
「ノア…どういうつもりか知らないが、入間様に牙を剥くというのか?」
その姿を見て、ノアは静かに笑った。
「邪魔しないで」
次の瞬間、影が動いた。
刹那の間にアスモデウスの喉元へと伸びた黒い刃《影喰刃》。
声が出ないことに気づいたアスモデウスが、喉を押さえて後ずさる。
だが、それでも入間を庇う姿勢を崩さなかった。
「すごいね、ほんとに大事なんだ。……でも、出来れば二人を傷つけたくないんだよ」
ノアは、静かに手を差し伸べた。
「ね、入間くん。ついてきて、くれないかな?」
その時だった。風が裂ける音がし、地面が震えた。
「そこまでだ」
轟と響く声と共に、黒いローブが翻る。
ノアの目が細くなった
ノアの前に、無言で立ちはだかるカルエゴ。
片手を、ただ静かに掲げる。
風が止まり、世界が一瞬、息を呑むように凍りついた。
「邪魔…しないでください、カルエゴ先生」
ノアの声は静かだったが、確かな芯があった。
守られるだけの自分では、もういられない。
牙を隠し、生き延びた少女は、いま、自ら牙を剥く。
一歩、地を蹴る。
踏みしめた石畳がひび割れ、ノアの体が疾風のように飛び出す。
狙うはその喉元。
寸分の狂いもない拳を突き出す。
だが
「遅い」
カルエゴの声と同時に、その拳を一瞬でいなされた。
掌で流された勢いが自分の体を崩し、ノアは反転して蹴りを放つ。
「ッぐぅっ!」
鋭く振り抜かれた回し蹴りが、カルエゴの側頭部を掠めた。
風が唸る。
カルエゴの眉がわずかに動いた。
「貴様、本気だな」
「もちろん……」
その瞬間、カルエゴの拳が迫る。
真正面からの突き。
ノアは咄嗟に腕を交差して受けたが、次の瞬間、重さに耐えきれず吹き飛ばされる。
「く……っ!」
地面を転がり、砂煙を巻き上げながら立ち上がる。
腕が痺れて動かない。それでも、目は逸らさなかった。
「まだ……」
ノアは再び踏み込む。
拳、肘、膝、足肉体の全てを武器にして、襲いかかる。
カルエゴはそれを、捌く。いなす。時に受け止め、返す。
交差する拳と足。
打撃が風を裂き、何度も、何度も衝突する。
拳が顔面を掠めた。肘が脇腹にめり込む。
ノアの唇が切れ、血が滴る。
だが一切、止まらない。
「手加減……なしですね」
カルエゴはわずかに肩を揺らす。
「当然だ。貴様は今、敵としてここに立っている」
その言葉が、胸を貫いた。
でもそれでも。
「それなら、私も全力でいきます」
低く構え、助走をつけた拳を渾身で、カルエゴの腹に叩き込んだ。
ドンッ!!
音が響く。
カルエゴの体が、ほんのわずか、揺れた。
「……いい目をしてきたな」
その呟きとともに、重い蹴りが飛んできた。
「ッ!」
回避が遅れた。
腹部に直撃する衝撃。
視界が大きく傾き、空中に投げ出される。
「が、はっ……!」
口から息が漏れる。重力に引かれて落ちていくその瞬間
ふわり、と。
優しく、けれど逃さぬように抱き止めた腕。
「やっと捕まえた、ノアちゃん」
アトリだった。
その胸の中で、ノアは咳き込みながらも、遠くに佇むカルエゴの姿を捉えていた。
血で濡れた拳。痣だらけの腕。呼吸は荒く、膝も震えている。
それでも。
「……まだ」
唇を引き結び、声を絞り出す。
まっすぐに、迷いなく、届くように。
「私は、絶対に諦めませんから」
それは、彼女自身の決意であり。
カルエゴ、そして入間と、この世界に向けた宣戦布告だった。