花は灰色に染まり…
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焦げた空気。煤けた瓦礫。
それらは、ただの記憶ではなかった。
ノアにとっては、自分の“始まり”であり、“終わったはずの地獄”だった。
バビルスを離れ、貧民街の路地を歩く足取りは重い。
明確な目的などない。ただこの場所に引き寄せられるように戻ってきた。
感情を失ったわけではない。けれども、泣きたいほどの怒りと悲しみをどうすればいいのか分からず、胸の奥で腐らせているような気分だった。
どうして。
私は、あんなに命を懸けて戦ったのに。
ひとつの焼け跡の前で、ノアは立ち止まった。
かつて、自分が「武器」として眠っていたあの拠点。
今は瓦礫だけが残るその場所に、ひとつの人影があった。
「……キリヲ」
その名を呟いた瞬間、心の奥で凍りついていた怒りが破裂した。
ノアは駆け寄り、キリヲの胸ぐらを掴む。
「お前たちのせいで……私は……追い出された!」
叫ぶような声。震える指先。涙はこぼれなかったが、喉が焼けるように痛い。
キリヲはその手を振り払うこともなく、ただ優しく微笑んだ。
その目には、ほんの少しの喜びが浮かんでいた。
「……僕らのせい、やないで? 信用しなかったんは、あちらさんやろ?」
その一言で、胸に、別の痛みが走った。
「信用……?私は……っ」
言葉が詰まり、唇を噛みしめる。
そして、呟くように言った。
「……許せない」
その言葉に、キリヲの口元が大きく綻んだ。
目を細め、恍惚としたように笑う。
「えぇ顔するやん。その顔、好きやわ。
ほなおかえり、ノアちゃん」
「……!」
その声は、かつての“日常”を引き戻す魔法だった。
ノアは、再びクロム・ナイフへと足を踏み入れた。
変わり果てた拠点の中で、再び独房に入り、任務に従事する。
だが一つ違っていたのは、今、彼女の傍にはキリヲがいたことだった。
***
あの日から、一週間が経った。
ノアはかつてのように任務をこなしていた。
指示された暗殺の訓練、監視、破壊行動。
身体が自然に動く。誰に言われるでもなく、必要とされる感覚だけが、心を辛うじて繋ぎ止めていた。
そんな様子を、キリヲはいつも嬉しそうに見ていた。
「さすがやねぇ、ノアちゃん。えぇ手際してはるわ」
「……そう教えてきたのは、そっちでしょ」
「でもびっくりしたで? 殺人はしてもえぇけど、バビルスに関係ないならやらん、なんて」
キリヲが茶化すように言うと、一瞬だけ表情を曇らせた。
「私は……アイツらが許せなくてここに戻ってきたの、無駄なことに、時間は裂けないのよ」
「せやったなぁ。ほんま、可愛くなってもうて」
ふわりと手を伸ばし、頬に触れようとしたその手を、ノアは軽く叩いた。
「……今日はもう疲れてる。寝かせて」
そっけないその態度に、キリヲは肩をすくめる。
「しゃあないなぁ。でもその前に紹介したい悪魔がおるんよ」
眉をひそめると、そこに現れたのは、見覚えのあるふざけた笑み。
「ノアちゃ〜ん、俺に会いに来てくれたのぉ?」
アトリだった。
彼の存在は、バビルスでの緊張と恐怖を連れ戻すには十分だった。
一歩引き、冷たく言い放つ。
「……違う。勘違いしないで。私はただ、裏切られたことが許せないだけ」
視線はまっすぐアトリを射抜いていた。
「ただ、壊したいだけよ」
その言葉に、アトリとキリヲは顔を見合わせ、にやりと笑った。
「じゃ〜、一緒においでよ」
アトリの手が差し出される。
ノアはそれを見つめ、口の端を少しだけ吊り上げた。
「……もっと面白いことでもするつもりなの?」
その笑みは、ほんの少し哀しみを含んでいた。