花は灰色に染まり…
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心臓破りから数日が経った頃、ノアはオペラに呼び出され、理事長室へと向かっていた。
この数日間、心は落ち着かなかった。
あの戦いの余韻、そしてアトリという男の異常な執着。
頭の片隅でずっと、なにかが引っかかるような感覚が残っていた。
理事長室の前で立ち止まり、そっと息を吸い込む。
緊張で指先が冷たくなっていたが、顔には出さない。
静かに扉をノックし、中へと足を踏み入れる。
そこにいたのは、オペラ、バラム、そして――カルエゴだった。
その姿を見た瞬間、ほんの少しだけ、胸が安堵で緩む。
けれど、それを悟られないよう、ノアは静かに一礼をして、無言のまま室内へ入った。
「座ってください」
オペラの声に従い、大人しくソファに腰を下ろす
柔らかい座面が背に馴染むはずなのに、心は張り詰めたままだった。
「先日の心臓破りでの件で、お話があります」
オペラの口調は穏やかだが、核心に迫るものだった。
「新任教師のアトリ。彼は、おそらく“元祖返り”です」
「彼は、随分と貴女にご執心のようで
貴女を連れ去ろうとしていたそうですね」
ノアは小さく息を飲み、目を伏せた。
あの時の感触。冷たい手。囁かれた声。
肌の奥に残る嫌悪感を思い出しながら、声を震わせないように唇を結ぶ
「過去に何があったのか……お話いただけますか?」
静かなオペラの問いかけに、小さく頷いた。
肩の奥から深く息を吸い、そして吐き出すようにして、口を開く。
「私……もともと、魔界の貧民街にいました」
その瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。
「そこで、“クロム・ナイフ”っていう組織に拾われて。暗殺者として育てられました。生き残るために……命令されたままに動くしかなかった。感情を見せれば、殺される。失敗すれば、餌にされる。そんな場所です」
声は穏やかだが、内側に潜むものは重い。
「終末日で再びその組織に関わることになって……。けど、それも終わりました。今は、どこにも属してない。誰の命令にも従っていません」
視線を落とし、両手を膝の上で重ねた。
「カルエゴ先生に、“生きろ”って言われて、私は……変わりたいと思った。だから、今はもう違う」
自分の中のすべてを吐き出すように、言葉を紡ぎ切る。
それがどんな判断を招くとしても、誤魔化すことだけはしたくなかった。
沈黙。
バラムとオペラが視線を交わし、そしてバラムが静かに首を横に振った。
「そうですか」
「ですが、関わりがあったというのは事実のようなので……」
「ひとまず貴女には、監視を付けさせていただきます」
その言葉を、ノアは静かに受け止めた。
信頼を得るのは、
一朝一夕ではいかない。けれど、それでもいい
きちんと今を積み重ねればいい。
その時、オペラがさらに口を開いた。
オペラは一呼吸置き、いつになく厳しい表情を浮かべて言った。
「ノアさん。あなたの過去と、アトリとの接触、そして元祖返りとの因縁……総合的に判断した結果です」
その声は、慈悲の裏にある、断固とした決定の色を帯びていた。
「――しばらく、学園から離れていただきます」