季節をめくる花
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夕暮れの魔界は、赤紫色の空がどこまでも広がっていた。
日課の訓練を終えたノアは、いつものように帰路につき、カルエゴの屋敷の門をくぐる。
だが今日は、リリィの姿は見えず、代わりに使用人からこう伝えられる。
「旦那様が、執務室でお待ちです。“話がある”と」
「……うん。ありがとう」
緊張を抱えながら、廊下を歩く。
執務室の扉を前にして、ふと胸に手を当てる。
トクン、トクン、と鼓動が速まっていた。
(“話がある”って、どんな……)
扉をノックすると、奥からカルエゴの声が返る。
「入れ」
重厚な扉が静かに開く。
中に入ると、カルエゴは窓際に立ち、夕日の逆光に包まれていた。
赤く照らされた横顔は、いつも以上に厳しく、そして孤独に見えた。
「……来たか」
「うん。話って……」
「座れ。少し、長くなる」
促されるまま、執務机の前の椅子に腰を下ろした。
カルエゴはゆっくりと机の前に戻り、彼女と向き合う形で立つ。
そして、しばしの沈黙ののち、静かに口を開いた。
「ノア。お前と私は、婚約の契約を結んでいる。だが、それには表に出ていない意味がある」
ノアは黙って、琥珀の瞳で彼を見つめていた。
「私の家“黒犬の一族”は、古くから魔界の秩序を守る役目を担ってきた。
その血を継ぐ私も、今は教師として、バビルスという学び舎を、そして生徒たちを守っている」
「うん。カルエゴが……誰よりもそういう人なの、知ってる」
「なら、問う。もしも魔界に大規模な混乱が起こり、バビルスの生徒とお前の命、どちらかを選ばねばならなくなった時。
その場に私がいたとしたら、どうすべきだと思う」
一瞬、心臓が跳ねた。
答えなど、簡単に出せるはずがない問い。
だが、ノアはすぐに答えた。
「生徒たちを守るんだよね」
「そうだ」
カルエゴはわずかに表情をゆるめ、だがその声は変わらず冷静だった。
「お前は私にとって、大切な存在だ。
だが、それでもお前より生徒たちを優先する場面は、確かにある」
「……」
「この婚約に、甘さを持ち込むことはできない。
お前を“黒犬”の血に連なる者として認める以上同じ覚悟を、背負わせることになる」
ノアは唇をぎゅっと結んだ。
その目に、涙は浮かばなかった。だが、その瞳の奥にあったのは悲しみでも、怒りでもない。
ただ、ひとつの“決意”だった。
「私は、ただ守られたくて、カルエゴと一緒にいるわけじゃないよ」
カルエゴの目が、わずかに見開かれる。
静かに立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。
机越しではなく、真正面で、彼と向き合う距離に。
「私、最初は…助けてもらって、あたたかさを知って、気づいたら、好きになってた。
でもね、今は違う」
「……」
「好きっていう気持ちはもちろんある。でも、それ以上に、私はあなたの“背負ってるもの”を知って、一緒に守りたいって思ってるの」
言葉に嘘はなかった。ノアの声は震えず、まっすぐだった。
「バビルスの生徒たちも、魔界の平和も、きっと簡単に守れるものじゃない。
でも…ひとりで抱えるには、あまりにも重いよ」
「……私はそれを選んだ」
「うん。でも、今はもう、ひとりじゃないんだよ?」
ノアの手が、そっと彼の手に重なる。
「私も、そばにいる。力にはなれないかもしれないけど、せめて…
あなたが選んだ“守るもの”を
一緒に守っていけたらって思ってる」
カルエゴはその手を見つめていた。
指先に触れる温もりが、確かにここにあることを教えてくれる。
「……お前は、強くなったな」
「強くなりたかったの。カルエゴと並んで歩くために」
そして、そっと笑った。
「私はもう“ただ守られるだけの存在”じゃない
あなたが生徒を選んでも、私は泣かない。ちゃんと、あなたを支えるから」
カルエゴの瞳がわずかに揺れる。
その無表情の奥に、誰にも見せない微細な痛みと、誇りがあった。
「……その言葉に、報いることはできないかもしれん。だが、感謝する」
ノアは微笑んで、手を引かずに言った。
「ううん。これは“報いる”とかじゃなくて、“私の野望”だから」
静かな時間が流れる。
窓の外には、夜の帳が降り始めていた。
「カルエゴ」
「なんだ」
「これからも、きっと色々あると思う。
でも私、あの時言ってくれた“生きろ”って言葉、今でも支えにしてるよ」
「……」
「だから、今度は私が言う。カルエゴ、私も一緒に守らせて」
沈黙のあと
カルエゴは目を閉じ、深くひとつ息を吐いた。
そして、そっとノアの手を包み込んだ。
「……ああ。共に、生きよう」
それは、婚約という言葉を超えた、“誓い”だった。
日課の訓練を終えたノアは、いつものように帰路につき、カルエゴの屋敷の門をくぐる。
だが今日は、リリィの姿は見えず、代わりに使用人からこう伝えられる。
「旦那様が、執務室でお待ちです。“話がある”と」
「……うん。ありがとう」
緊張を抱えながら、廊下を歩く。
執務室の扉を前にして、ふと胸に手を当てる。
トクン、トクン、と鼓動が速まっていた。
(“話がある”って、どんな……)
扉をノックすると、奥からカルエゴの声が返る。
「入れ」
重厚な扉が静かに開く。
中に入ると、カルエゴは窓際に立ち、夕日の逆光に包まれていた。
赤く照らされた横顔は、いつも以上に厳しく、そして孤独に見えた。
「……来たか」
「うん。話って……」
「座れ。少し、長くなる」
促されるまま、執務机の前の椅子に腰を下ろした。
カルエゴはゆっくりと机の前に戻り、彼女と向き合う形で立つ。
そして、しばしの沈黙ののち、静かに口を開いた。
「ノア。お前と私は、婚約の契約を結んでいる。だが、それには表に出ていない意味がある」
ノアは黙って、琥珀の瞳で彼を見つめていた。
「私の家“黒犬の一族”は、古くから魔界の秩序を守る役目を担ってきた。
その血を継ぐ私も、今は教師として、バビルスという学び舎を、そして生徒たちを守っている」
「うん。カルエゴが……誰よりもそういう人なの、知ってる」
「なら、問う。もしも魔界に大規模な混乱が起こり、バビルスの生徒とお前の命、どちらかを選ばねばならなくなった時。
その場に私がいたとしたら、どうすべきだと思う」
一瞬、心臓が跳ねた。
答えなど、簡単に出せるはずがない問い。
だが、ノアはすぐに答えた。
「生徒たちを守るんだよね」
「そうだ」
カルエゴはわずかに表情をゆるめ、だがその声は変わらず冷静だった。
「お前は私にとって、大切な存在だ。
だが、それでもお前より生徒たちを優先する場面は、確かにある」
「……」
「この婚約に、甘さを持ち込むことはできない。
お前を“黒犬”の血に連なる者として認める以上同じ覚悟を、背負わせることになる」
ノアは唇をぎゅっと結んだ。
その目に、涙は浮かばなかった。だが、その瞳の奥にあったのは悲しみでも、怒りでもない。
ただ、ひとつの“決意”だった。
「私は、ただ守られたくて、カルエゴと一緒にいるわけじゃないよ」
カルエゴの目が、わずかに見開かれる。
静かに立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。
机越しではなく、真正面で、彼と向き合う距離に。
「私、最初は…助けてもらって、あたたかさを知って、気づいたら、好きになってた。
でもね、今は違う」
「……」
「好きっていう気持ちはもちろんある。でも、それ以上に、私はあなたの“背負ってるもの”を知って、一緒に守りたいって思ってるの」
言葉に嘘はなかった。ノアの声は震えず、まっすぐだった。
「バビルスの生徒たちも、魔界の平和も、きっと簡単に守れるものじゃない。
でも…ひとりで抱えるには、あまりにも重いよ」
「……私はそれを選んだ」
「うん。でも、今はもう、ひとりじゃないんだよ?」
ノアの手が、そっと彼の手に重なる。
「私も、そばにいる。力にはなれないかもしれないけど、せめて…
あなたが選んだ“守るもの”を
一緒に守っていけたらって思ってる」
カルエゴはその手を見つめていた。
指先に触れる温もりが、確かにここにあることを教えてくれる。
「……お前は、強くなったな」
「強くなりたかったの。カルエゴと並んで歩くために」
そして、そっと笑った。
「私はもう“ただ守られるだけの存在”じゃない
あなたが生徒を選んでも、私は泣かない。ちゃんと、あなたを支えるから」
カルエゴの瞳がわずかに揺れる。
その無表情の奥に、誰にも見せない微細な痛みと、誇りがあった。
「……その言葉に、報いることはできないかもしれん。だが、感謝する」
ノアは微笑んで、手を引かずに言った。
「ううん。これは“報いる”とかじゃなくて、“私の野望”だから」
静かな時間が流れる。
窓の外には、夜の帳が降り始めていた。
「カルエゴ」
「なんだ」
「これからも、きっと色々あると思う。
でも私、あの時言ってくれた“生きろ”って言葉、今でも支えにしてるよ」
「……」
「だから、今度は私が言う。カルエゴ、私も一緒に守らせて」
沈黙のあと
カルエゴは目を閉じ、深くひとつ息を吐いた。
そして、そっとノアの手を包み込んだ。
「……ああ。共に、生きよう」
それは、婚約という言葉を超えた、“誓い”だった。