蕾は、黒に包まれて目を覚ます
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屋敷の裏にある訓練場。
開けた空と、乾いた風。カルエゴの立つその場に、私は立たされた。
「今日は魔力の制御と飛行の訓練だ。お前にも羽はあるのだから、飛べない理由はない」
そう言われて、私は背中に意識を向ける。
翼——
今まで、存在するのが当たり前で、でも使ったことのない、重たくて大きな“異物”。
「まずは魔力を感じろ。羽は筋肉じゃなく、魔力で動く」
カルエゴの声に従い、私は目を閉じる。
体の内側にある、微かな熱の流れ。
じわじわと背中に集めると、感覚のなかった羽がふるりと震えた。
「……っ、動いた」
「いい兆候だ。次は、羽ばたけ。強く、空気を斬るように」
言われた通りに力を込める。羽が空を掴み、地面を押し返す。
――ふわり。
地面から足が離れた。その瞬間、翼がバランスを崩し、私は斜めに傾いて落ちた。
「ぐっ……!」
「姿勢が悪い。背筋を伸ばせ。空を掴む意識を持て」
カルエゴの声が鋭く響く。でも、非難ではなかった。導くような、そんな声だった。
何度も落ち、地面に転がりながらも、私はあきらめなかった。
「お前のような過去を持つ者こそ、空を知るべきだ。見上げるだけでなく、立ち向かうために」
その言葉が、胸に響いた。
再び羽ばたく。風が私の髪を持ち上げる。
強く羽を打つ。背中に熱が満ちていく。
そして、私は――
「……飛んでる……!」
わずかに、数メートル。空を掴んだ瞬間。
翼の震えと、風の音と、自分の鼓動が一つになる。
「これが……自由」
その言葉を口にしたとき、地面よりも遠い場所に、私は確かにいた。
魔力操作と飛行訓練を終え、カルエゴは静かな声で言った。
「次は、魔術を教える。構える覚悟ができているな?」
『……はい』
ノアはわずかにうつむきながらも、カルエゴの瞳を真っ直ぐに見た。
昨日、自分の背に広がった羽で空を飛んだときの高揚感が、まだ胸に残っていた。
もっと――自分の力を知りたいと思った。
それが、誰かを守る力になるのなら。
カルエゴは、屋敷の一角にある訓練場へノアを連れて行った。
床に描かれた複数の魔術円。中央には、初歩の発火魔術《イグニス》用の簡易陣が記されていた。
「魔術とは、意志と式による顕現。
ただし、魔術円を描くだけでは意味がない。そこに**意味(インパクト)**を込める魔力と言葉が要る」
そう言ってカルエゴは、床に指を伸ばし、なめらかに魔術語を唱えながら魔術円を描いた。
「《イル・イグニス》」
魔術円が赤く光り、小さな火がぽっと灯った。
「これが基本だ。試してみろ」
ノアはゴクリと唾を飲み込むと、しゃがみこんで指先を魔術円の外縁にあてた。
だが、手が震える。
『(昨日の魔力操作……思い出して。流れを意識して……)』
深く息を吸い、吐く。
そして震える声で魔術語を唱えた。
『イル……イ、イグニス』
……沈黙。
何も起こらない。
「魔力が定まっていない。もっと、中心へ集中させろ」
カルエゴの冷静な声に背中を押され、もう一度、深く息を吸った。
今度は目を閉じ、意識を自分の中心――魔力核に向ける。
『(私は……燃やす。過去を、罪を、弱さを――)』
ノアの指先が熱を帯びた。再び、魔術語を唱える。
『イル・イグニス!』
パチッ。
今度は、小さな火花が魔術円の中心に散った。
「……ふむ。わずかだが、出たな」
ノアは目を見開いた。
ほんの少しだが、確かに自分の魔力で火が灯った。
それがどれほど嬉しいことか。
今まで刃物でしか生きられなかった自分が、“魔術”という世界の扉を開けたのだ。
『……もう一度、やってもいい?』
カルエゴは腕を組んだまま、ゆっくりとうなずいた。
「好きにしろ。何度でも付き合ってやる」
その言葉に、胸が熱くなる。
ノアは再び魔術円に向き直った。
火を灯す――それは、自分の中の闇を払うための最初の一歩だった。