蕾は黒に見守られ花開く
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バタン、と扉が静かに閉まる音が、屋敷の静寂に響いた。
「……ノアちゃん?」
その声に、キッチンから顔を出したリリィは、目を見開く。
ゆっくりと玄関に立つノアを見つけ、言葉を失った。
真っ白なドレスの裾は土埃に汚れ、顔には疲労の色が滲んでいる。
だが、その瞳だけはどこかほっとしたような、微かな熱を灯していた。
「……ただいま、リリィ」
わずかに震える声で、ノアはそう言った。
リリィは一瞬、何かを確かめるようにノアの顔を見つめた。
そして次の瞬間、駆け寄って、力いっぱい抱きしめた。
「ノアちゃん……! もう……もう……っ」
声が震える。手が震える。
強く抱きしめながら、リリィは肩を震わせて泣いた。
ノアは、ゆっくりと腕を回し、細い体でその温もりを受け止める。
「…ごめん。ちゃんと、戻ってこれた」
「ううん……謝らないで……! 戻ってきてくれた、それだけで、もう……」
涙の混じった声に、胸が締めつけられる。
ただいま。
そう言える場所があることが、こんなにあたたかいなんて。
数分後。
落ち着きを取り戻した頃、書斎の前でカルエゴがリリィに呼び止められる。
「……カルエゴ様」
「なんだ」
「…ノアちゃんを、取り戻してくれてありがとうございました」
丁寧に礼をしたその姿に、カルエゴは少し目を細める。
「当然のことをしただけだ。それと、もう一つ」
「はい?」
カルエゴは少しだけ表情を崩し、低く静かに言った。
「ノアは、私の婚約者になった」
一瞬、時間が止まったような沈黙。
リリィは大きく目を見開き、ぽかんと口を開けた。
「え、えぇっ!? こ、婚約者っ!?!?」
「驚くな」
「いや、驚くに決まってます!え!?いつ!? どうして!えっ!?」
リリィの混乱にカルエゴは肩をすくめ、困ったように鼻を鳴らす。
「理由は、俺がノアを選んだからだ。彼女を守りたい。それだけだ」
ぽかんとしていたリリィの目に、じわりと涙がにじんだ。
「…ノアちゃん、カルエゴ様に出会えてよかった…」
「当然だ」
そう答えた彼の声には、いつもより少しだけ柔らかさが混じっていた。
扉の奥では、ノアがそっと耳を当て、赤くなった頬を手で隠しながら
それでも、ほんの少し、微笑んでいた。
ノアの部屋に置かれたティーカップから、ほのかに湯気が立っていた。
紅茶の優しい香りが、疲れた心と体を静かに包む。
リリィは椅子に腰かけ、ベッドの端に座るノアを見守っている。
「……変わってないね、この部屋」
カップを両手で包み込みながら、ノアはぽつりとつぶやいた。
「うん。ノアちゃんが帰ってくるって、信じてたから」
リリィの声は優しく、どこか誇らしげだった。
その声に目を伏せる。胸の奥で、何かが温かく溶けていく。
「……全部、嘘ついてた。任務も、感情も……全部、演じてた」
「ううん。ノアちゃんが誰かを傷つけなかったって、ちゃんと知ってる。
心が叫んでたの、きっと。優しくありたいって」
リリィは、そっとノアの手を包み込む。
その指先は冷たくもなく、熱すぎるわけでもなく
ちょうどいいぬくもりだった。
「……また、ここにいていいの?」
「もちろん。ノアちゃんの場所は、最初からここだよ。
帰ってきてくれて、本当にありがとう」
言葉に詰まりながらも、まっすぐに伝えるリリィの目に、ノアはやっと微笑みを返した。
「……私も、ありがとう。リリィがいたから、ずっと寂しくなかった」
そのままそっと身を寄せ、リリィの肩にもたれかかる。
リリィは少し驚いたように目を丸くした後、ふわりとノアの頭を撫でた。
「おかえり、ノアちゃん」
「…ただいま」
その夜。
ノアはベッドに入り、静かに目を閉じていた。
傍らには、椅子に腰かけたまま本を開くカルエゴの姿。
その隣には、温かい毛布を直しながら微笑むリリィ。
「お水、枕、暖かさ、全部大丈夫ね」
「ありがとう。もう、大丈夫」
眠たげにまばたきをするノアに、リリィはそっと額に手を当てる。
「じゃあ、安心して。ちゃんと、ここにいるから」
その言葉に、ノアの瞼が静かに降りた。
「カルエゴ…そばにいてくれて、うれしかった」
「……お前が無事で、本当に良かった」
その低い声に、微かに口元を緩める。
リリィが部屋の明かりを落とし、ふたりの気配に包まれながら
ノアは、ゆっくりと静かな眠りに落ちていった。
夜の静けさが、ようやく彼女を優しく抱きしめていた。