蕾は黒に見守られ花開く
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純白のヴェールをまとい、鏡の前に立っていた。
シルクの生地が滑らかに肩を包み、刺繍された花が彼女の静かな美しさを際立たせている。
「お綺麗ですわ、ノア様……!」
「まるで、絵本の中のお姫様みたい!」
化粧スタッフや衣装係の少女たちが、無邪気な言葉をかけてくる。
ノアはその笑顔に、小さく微笑みを返した。
「……ありがとう」
その声はどこまでも静かで、あまりにも諦めに満ちていた。
(今日で、全部終わる)
それが解放ではなく、投降であることを知っていた。
でも、もう逃げる場所も、戻る場所もないと思っていた。
荘厳なパイプオルガンの音が鳴り響き
バージンロードをノアが歩く。
祭壇にはレオナルド。
式場には、豪奢な礼装に身を包んだ参列者たち
ノアが歩み寄り、隣に立つ。
神官が問いかける。
「あなたは、この男を生涯の伴侶とすることを誓いますか?」
ノアは一瞬目を伏せ、微笑む。
「……はい」
その瞬間、轟音が響き渡った。
扉が吹き飛び、黒い炎をまとった男が堂々と式場に現れる。
「……誰かと思えば」
レオナルドが顔をしかめるより早く、式場の“参列者”たちが一斉に動いた。
警備兵ではない。
カルエゴが手配した部隊魔界警察の特殊部隊だ。
会場は混乱し、レオナルドの護衛は次々と制圧されていく。
ノアは茫然とその光景を見ていた。
(どうして…!)
「ノア。迎えに来た」
「なんで、ここに…っ!来ちゃだめって!」
レオナルドが叫ぶ。
「ノア、命令だ!あいつを止めろ!」
ノアは反射的に動いた。
その姿はまさに兵器として鍛えられた刺客そのもの。
カルエゴに斬撃を浴びせる。魔力の刃、飛び道具、体術。
一つ一つが完璧に研ぎ澄まされた動きだった。
だが
「迷いがあるな、ノア」
カルエゴの声が、心に突き刺さる。
「……っ」
攻撃をすべて、彼は無傷でいなしていく。
逆に、踏み込まれた瞬間、肩を押さえられ、呼吸を奪われた。
「本当は、戦いたくなかったんだろう」
「うるさい…私はもう、あなたの知ってる私じゃ」
「知ってるよ。だが、お前は“俺が知ってるノア”だった」
その言葉にノアは動きを止めた。
その間に、レオナルドは拘束され、なおもノアへと手を伸ばす。
「ノア!こいつに騙されるな、君は俺のものだろう!」
その姿を見て、カルエゴは小さく眉をひそめた。
そして、ノアのヴェールをそっと外し、自分のマントを肩にかけた。
「こんな格好、似合っていない…俺の目には、そう見える」
ノアの瞳が、大きく揺れる。
そのまま、カルエゴはノアを軽々と抱き上げた。
お姫様抱っこ。
強く、優しく。まるで誰にも渡さないと語るように。
頬がかすかに赤らむ。だが拒絶の色はない。
式場の混乱を後にして、空へと跳躍する。
空を裂くように、二つの影が飛ぶ。
黒いマントが夜風に翻り、白いウェディングドレスが月の光を反射する。
ノアは、カルエゴの腕の中にいた。
お姫様のように抱き上げられ、逃げるでもなく、ただ黙って彼を見つめていた。
心臓がうるさい。
この胸の高鳴りが、敵意でも、恐怖でもないと
彼女自身が一番わかっていた。
「……どうして、来たの?」
呟くような声だった。
睫毛が震え、唇がわずかに開いた。
「私のこと、全部知ったでしょう……?
人を“殺せ”と言われて、従って。
平気な顔して、生きてきた。もう汚れてるのに」
カルエゴは、答えなかった。
だが彼の腕の力が、少しだけ強くなった。
それが、どんな言葉よりも答えになっていた。
「それでも俺は、迎えに行くと決めた。……全部知っても、変わらなかった」
「……なにが?」
「お前を、守りたいって気持ちが」
瞳が、わずかに揺れる。
けれどまだ、信じようとはしなかった。
「私なんか、守る価値ないよ」
「ある。あるに決まってるだろうが」
カルエゴは、夜空を睨むようにして言った。
「お前が誰を救って、誰を騙して、何を偽ったとしても
俺にとってのノアは、ずっと一人しかいない」
「……」
「だから、俺は“奪いに”来たんだ」
月明かりが、ノアの横顔を照らす。
「ただ逃がすだけじゃ足りない。守るだけでも足りない。
これから先、どんな敵が来ても、どんな傷を負っても、一緒に越えていく」
カルエゴは、ノアをまっすぐに見つめた。
「だから俺の婚約者になれ、ノア。
護衛でも道具でも、駒でもなく、“対等な存在”として、隣にいてくれ」
ノアは、言葉を失っていた。目の奥が熱い。
涙なんて、とっくに枯れたと思っていたのに
「……どうして、そんな顔で言うの」
「そっちこそ、なんでそんな顔してる」
「だって、そんなの……」
胸に顔を埋めるようにして、震えた声で言った。
「ずるいよ、そんなの……。今さら……そんな、あたたかい言葉なんて……!」
カルエゴの心臓も、激しく打っていた。
だが彼は、優しく囁いた。
「今さらでもいい。今だから、言いたい。
お前は、救われるべき存在だ。俺がそう思ってる」
ノアはゆっくりと顔を上げ、涙でにじんだ目で彼を見つめた。
「……ほんとに、後悔しない?」
「しない。……絶対に」
「じゃあ、私も言う。私、あなたに……」
言葉は風にかき消された。
だが、カルエゴには聞こえていた。
ふたりの影が、星空を背景に飛んでいく。
罪と過去を抱えた少女と、それでも手を離さなかった男が。
これは逃避じゃない。
選んだ未来へ向かう、はじまりの夜だった。