夏の二人


「あら、いらっしゃい。部屋にいるからどうぞ」
 普段は押さないインターホンを鳴らすと、友人の母親が顔を出す。軽く頭を下げ、招かれるまま廊下に上がる。そのまま、友人の部屋へと向かった。
 部屋の扉をノックするが、返事がない。
「おい。いるんだろー?」
 同じ強さで何度かドアを叩きながら、中に向かって呼び掛ける。
「歩武ー?」
 うんともすんとも言わないので、本当は居ないんじゃないかと思いかけたとき、ドアノブが傾いた。
 ほんの僅かな隙間から、こちらをじとりと見上げた部屋の主は、低い声で恨めしげに吐き捨てる。
「このうそつき」
 その思いがけない誹りに、一文字の返しもままならないまま、ドアは再び閉められた。
 唖然としたまま立ち尽くした俺を目にして、リビングから出てきた友人の母が不思議そうに首を傾げる。
 手には洗濯かごを手にしている。
「どうかしたの? ――何してるの? 歩武?」
 俺と同じようにドアを叩いた友人の母を見上げて、引き留める。
「いや、……なんか機嫌悪いみたいなんで出直します」
「あら、じゃあご飯食べていく?」
 俺が頭を下げると、友人の母はにっこりと笑った。
「おかしいだろ」
 俺が言葉に詰まっていた時、すかさずドアがまた少し開いて中の友人が言う。母親がいることによる気まずさからだろうか、ドアは渋々といった様子で人が入れるぐらいに開かれる。「じゃあ駆くん、またお夕飯の時にね」
 手を振って去って行く友人の母と、閉じられたドア。残された疑問と疑惑。
「……お前、ショパンだって言ったのに、バッハだったじゃねーか!」
 友人の嘆きと、ベッドの上に放り出されていたCDケース。いつものこいつの部屋にそぐわないその存在に、嫌な胸騒ぎを覚えた。
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