夏の二人


 いつだったか、放課後のことだった。夏休みに入る前だ。
 スイミング教室の時間を気にしながら、昼休みに幼馴染みが放送室に忘れたと本を取りに行っている間のこと。その日は委員会で、当番だったらしい。
 特別棟の三階、奥に放送室はある。先に行ってても構わないという幼馴染みにあえて付いて行った。授業以外では滅多に立ち入ることのない校舎内を探検だという気分で。
 普段いる教室のある校舎とはどこか違う空気を感じたのは、廊下に人がいなかったからなのかもしれない。
 放送室には明かりが点いていて、鍵も開いていたようだ。幼馴染みは「ちょっと行ってくる」と言い残し、扉の向こうに消えていく。かすかにドア窓の磨りガラスに映る人影を見つめて、きょろきょろと辺りを見渡す。
 廊下に残された俺が、手近な向かいの窓の下を覗き込んだりして幼馴染みを待っていると、耳慣れない音が聞こえて来た。音に釣られて耳を傾けながら、ふらふらと出所を探って歩き出す。
 見知らぬいくつかの教室と、さっき昇ってきた階段を通り過ぎると、向こうには音楽室がある。きっとそこから聞こえてくるのだろうと思った。放送室とは反対奥の音楽室に向かい、覗いてみる。が、誰もいない。
 けど、音はずっと近くなっている。
 足を戻し、隣の音楽準備室を覗き込む。そこに、人がいた。
「おい、帰るぞ」
 唐突な声は惚けていた俺を現実に引き戻す。
 驚いて、うるさく鳴り始めた心臓を押さえながら、さっさと歩き出してしまった背中を追う。
「何してたんだよ、あんなとこで」
「いや、音が聞こえたからさー」
「……ああ、なんかたまに誰か練習してんだよ。部活とかじゃないのか」
 四角く茶色い、大きな箱のようなピアノを弾く、見覚えのある女子生徒の姿が目に焼き付いている。
「なあ、さっきの曲ってわかる?」
「なんだよ、知らねぇけど……ショパン? とかじゃね」
「へ~。ショパンね。ふーん……」
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