溺れる鳥と飛びたい魚


「……聞きたかったんだけど、どうして食べられようとしてたの?」
「食べられたかった、わけじゃないけど……」
 ぽつりぽつりと、口を開いたヒタキは出会った時と同じように言う。
「食べられたらどうなるんだろう……って、思ってた」
 どうなるか。という言葉を氷魚は疑問に思う。
「どうして?」
「ボクらの生は、長いから」
 はっきりと言い切った口調は、普段のものとは異なって聞こえる。
「人が突然、居なくなったりしたくなるようなものかな」
「……氷魚、いなくなるの?」
 そう勢いよく首を捻ってこちらに向き直る。その口調は普段のものに戻っていた。
「ならないけど、そういう気持ちにはなるんだよ」
「……人魚も、突然いなくなることがある」
 うん。と、氷魚はうなずく。
 きっと、今見知らぬ海の底では、ヒタキも『いなくなった』方なのだろう。
「居なくなったら、消えたら、食べられたら、どうなるんだろう」
「さあ。……消えた人にしかわからない。でもきっと、周りの人たちの思い出に残されたものになるだけなんじゃ、ないのかな」
「残された……もの?」
「人魚を食べたら不老不死になるんなら、不老不死になった。と言う結果が、食べた人に残る。それだけのことだよ。たぶん、ね」
「……よく、わからない」
 ヒタキはわずかに首を振る。
 そうだね。と氷魚は囁くようにこぼした。
「俺はでも、やっぱりヒタキがいなくなるのは嫌だな」
 言いながら、うん。と氷魚は頷く。
 二人の間に落ちる沈黙を洗い流すように、波の音が絶え間なく打ち寄せては、轟く。
 どのくらいこうしていたのか、少しずつ肌に触れる空気がひんやりとするのを感じた。
 氷魚は立ち上がり、ヒタキを見下ろす。ヒタキはぼんやりとした様子で海を眺めている。
 その姿をこっそりカメラレンズに捕らえて、シャッターを下ろす。
「さて、」
 と呟く。
 「そろそろ帰ろうか」そう、声をかけようとして、思い留まった。
「……そろそろ帰ろうと思うんだけど」
 ヒタキの視線がぱっと氷魚を見上げる。
「ヒタキはどうする?」
 聞いた氷魚へ向けられた反応の色を受け止められず、氷魚は目をそらす。
 その時、ふいに視界の済でヒタキの首が動いた。
 ついで、
「帰らない」
 澄んだ声にはっきりと告げられ、氷魚は顔を上げる。
「――よね?」
 海から現れた美女は、ヒタキに向かってにっこりと微笑んだ。
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