溺れる鳥と飛びたい魚


 筒状に見えた建物の中に入る。間隔も、空間も狭いぐるぐると上に巡るらせん階段。氷魚はそれをできるだけできるだけリズミカルに一定の速度で登っていく。
 おそるおそる、と行った様子で後込みした様子を見せていたヒタキもつらそうにはしながら付いてくる。
 途中、間隔が開きそうになるので氷魚は振り返り、立ち止まり、ヒタキに手を貸しながら進める。
 氷魚にとっては普段より時間をかけた。ヒタキの速度に合わせて、のんびりと階段を登りきり、少し重たい扉を思い切り押す。
 強い勢いで吹き付ける海風に、よろめいたヒタキの腕を引いて外に出た。
 この灯台の展望デッキには、いつも強く風が吹き付けてくる。
 人はいつもあまりいない。
 だからこの場所は、氷魚の秘密の場所だった。
「ここ、俺のお気に入りの場所」
 言いながら、懐から持ってきていた物を取り出し、目の位置で構える。それをヒタキが不思議そうに眺めていた。
 その表情に向けて、まず一枚。小さな音がした。
「これはカメラ」
 そう言いながら、目線をデッキの向こうへと向ける。さっきと同じ小さな音が数回聞こえた。
 ヒタキは無言で、「かめら」というものを覗いて景色を見つめる氷魚と、何にもさえぎられていない景色――海と空、その境を、じっと見ていた。
 しばらくそうしながら、不意に登ってきた階段のある扉の方に目を向ける。そして、顎を持ち上げた。淡い光の筋が、真っ直ぐに空に向かって放たれながら、回っている。
「ヒタキ?」
 氷魚がそんなヒタキに気付いて、カメラから目を離した。
 灯台の光を眺めていたヒタキの視線は、廻る光のようにゆっくりと海へと向かう。
 氷魚はそんなヒタキの傍に近付いて言う。
「退屈だった?」
 訊ねると、ヒタキは首を振る。
 何度かそうして、ふるふると首を揺らした後、人差し指で灯台のてっぺんを指す。
「これ、知ってた」
 どこかぼんやりとした表情で、また視線を海へと送る。
「ずっと見てた。あっち側から」
 そう言いながら、デッキの欄干へと身体を寄せた。柵と柵を両手で掴んで、ぐっと身体を持ち上げるように背伸びをしながら、外を見下ろす。
「すごい。こんなに離れてるんだね」
 感嘆とした声を上げて、氷魚を振り返る。
「あっちから、ずっとあの光を見てた。夜になると、海の上を何度も横切る光。波から顔を出しても、遠くで何かが光ってることしかわからなくて、昼間は何も見えなかった。――これ、だったんだ……」
 欄干の向こうを指さしたかと思うと、目を輝かせて灯台の光を見上げるヒタキ。こんなに喋るヒタキに氷魚は驚きながら、言葉に耳を傾けていた。
「ありがとう」
 突然、自分に向かって放たれた感謝の言葉を、氷魚は飲み込めない。
 首を傾けると、ヒタキの瞳が柔らかく細められる。
 氷魚は、ヒタキの言葉を待つよりも、強くシャッターを切りたいと、そう思ってしまう。 わずかばかりの葛藤。
 気付いたら、音が鳴っていた。
 けれども頭の中が、考えを纏めるよりも先に、腕が、手が、指が動いていた。
 その一瞬を、見過ごしたくないと。逃したくない、と。
 カメラの背面モニターに映ったモノと現実を見比べながら、シャッターを切った。
 ヒタキが驚いて目を丸く瞬間まで、何度も。
「また、見に来ようか」
 カメラを下ろして、氷魚は告げる。
「今度は、夜に。また」
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