海へ出る


「しゅう……じゃなくて、竹田! 三番オーダー」
「……今あがる!」
 ホールからの声に、答えて盛り付けを終えたばかりの皿を差し出す。
「はいこれ」
「ありがとう」
 皿を受け取って踵を返しかけた友人、高瀬早汽と俺の背中に向かって声がかけられた。
「竹田くん、高瀬くんもそのオーダー終わったら上がっていいから」
 俺がバイトで働いているこの店の店長の声だ。
「ありがとうございます」
「お疲れ様でーす」
 律儀に軽く頭を下げる早汽を置いて、俺は一足先に更衣室に向かう。着替えていると、テーブルに皿を届け終えた早汽も入って来る。
「お疲れ」
「うん……お疲れ様」
 着替えながら声をかける。
「疲れたか?」
「いや、でも思ったより慣れてなくて」
「ちゃんとやってたよ。それに、今日一日だけのことだしな。そんな気にすることもないだろ」
 笑いかけながら、荷物をまとめてロッカーを閉める。
「そうだな」
 静かに相槌を打って、素早く着替えを終えた早汽も、大学の友人の名前が書かれているロッカーを閉めた。
 深夜に近い外の空気は、静かで冷たい。
「店長、結構早汽のこと気に入ってる感じだったな」
 ぽつりと呟くと、口から白い息がゆっくりと広がって、消える。
「このバイト、結構続いてるもんな愁は」
「お前と働くのも新鮮で楽しかったけどな――でも、一緒に働くと呼び方がな」
「呼び方?」
 首を傾げて振り返った早汽からも白い息が漏れた。
 早汽は俺を見て、小さく「ああ」と納得のいったように頷く。
「あれも、慣れないな」
 苦いものを噛んだように笑った。
「まだ一年も経ってないのにお前に名字で呼ばれるの、違和感しかないよ」
 さっき仕事中に名前を言い直された時のことを思い出す。
 なんともいえない気分を覚えた。苛立ちにも似た、ムッとするような。
「そんなにか?」
 失笑にも似た口調に、先ほどと同じ感情が沸き立つ。
「そんなに、で悪いか」
 言い返しながら、随分と子供っぽい怒り方をしている。と思う。――いや、俺は怒っているのか? と内心首を傾げる。
「悪く――は、ないな」
 少し可笑しげに笑みを堪えたように早汽は言う。
 馬鹿にされているみたいだなと、睨みつけた時、視線が合った。
 むしろ、と漏れた独り言のような呟き。口元を覆うように力なく添えられた手。その指の隙間から、短く唇が動くのがわかる。
「嬉しい」
 掠れたような、吐息みたいな声が。
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