真っ赤な何か
それは、学校からの帰り道。通学路でのことだった。
「何をしてるの?」
思わず問い掛けたことに、特別な理由はない。
同級生の彼は片手を真っ直ぐ上に伸ばし、自分の掌をただ見つめている。
そのように、見えた。
尋ねられた方は視線だけをちらりと動かして、答える。
「てーのひらをーたーいようにーって歌、あるじゃん」
突然声を上げて歌い出したかと思うと、ぴたりと歌うのを止めて言う。
蝉の声を圧倒しそうにも思える勢いのあった歌声に、一瞬たじろいだ。
そして、頷くしかなかったので、ただ「うん」と声で返す。
「『真っ赤に流れるちしお』って、なんなのかとおもって」
最初に問い掛けた方は首を縦に一度、振る。
体操着の入った手提げ袋。授業で使ったそれを手にしていない方を持ち上げ、見下ろした。
彼が見つめていた表、そして裏側とを交互に見比べる。
「それで?」
首を傾けた。
「それだけ」
短く、彼は答える。
見下ろした手をまじまじと見てもわからなかったので、また尋ねた。
「何かわかったの?」
彼は腕を下ろし、首を下げた。ランドセルを重たげに両手で背負いなおす。そして、真っ直ぐに目が合った。小さく首を振る。
「な~んも」
「そっか」
二人は小さな路地で、固まったように立ち尽くす。
じんわりと額に汗が滲んでは、流れていく。
「帰んないの?」
「帰るよ」
何事もなかったかのような空気に、そわそわする。
早く帰りたいはずなのに、声をかけてしまったばっかりに先に立ち去りにくい。
曲がって来たばかりの二人が立っている路地は、先にまっすぐの一本道だ。帰る方向はきっと同じ。
彼の視線を感じて、なんだか居心地が悪い。
「じゃ、帰ろうぜ」
言って、彼はようやく踵を返した。その背中を見て、無意識に重い息を吐く。
ゆっくりと、一歩を踏み出そうとした。
これでお喋りも、彼との時間も終わり。そう感じた直後だ。
「なあ、お前ん家どのへん?」
少し遠ざかった場所から、頭をくるりと動かして彼はこちらを見る。
そのことに、ただ驚いた。
同様に、なぜか彼も少し目を丸くした。そして、
「何してんだよ。帰るんだろ?」
あっという間に離れた距離を再度詰めた彼は、空いていた手を取った。
「帰ろうぜ」
と、もう一度告げて掴んだ腕を引く。されるがままに、圧倒されたまま、彼の後ろを歩き出す。
「帰ったら、アメンボとか探しに行こうよ」
振り返って笑った彼の頬は、見下ろした掌よりも上気で赤く染まっていた。