桜の花弁は赤く染まるか


手記


 今日初めて、君の桜に蕾が付きました。
 あれから4年です。
 だから最初の日記を記すことにします。
 日記帳は君が用意してくれたものだよ。覚えている?
 まだ使ってなかったのかって怒るかな。

 この蕾が咲くかどうかはわからないけど、苗木は随分と大きくなりました。
 桜が散る時期まで、書き続けてみます。


~ ~ ~


 結論からいうと蕾は咲きませんでした。
 いつまで経っても蕾のままだった。
 何が悪かったのだろう。
 一度きちんと、調べてみることにします。
 咲かなかったから今年は書けることが何もなかったね。
 書き続けます、なんて言ったものの毎日何かを綴るような変化は何もないんだ。
 だから、また来年。

 君の事を忘れた日は一日もないよ。


~ ~ ~


 今年も蕾が生りました。まだ小さく、数は少ないけれど。
 普通は3年目に咲くことが多いらしいけど、品種にもよるんだって。
 この桜の品種、覚えてる?
 僕は覚えてない。君が選んでくれたことだけはしっかり覚えてるんだけど。
 それだけ覚えていても仕方がなかったね。




 君がいなくなった直後、病院は少し大変だったようです。
 マスコミやメディアが押し寄せたり、大学や病院周りを警察がうろついたりしてたみたい。
 とはいえ、僕はその後、何もできなかったんだ。
 学校を休んで、この部屋からずっと君を埋めた場所を見ていたから。
 祖母や祖父は驚いたり、心配したりしていたけど、僕が神出鬼没に帰って来るのはいつものことだったし、疑われたりするようなことはしなかったと思う。
 その後、1週間ぶりに大学に行った。警察が待ち伏せしていたりするんじゃないかって身構えたけど、そんなことは全くなかった。 拍子抜けしたぐらい。
 でもそれは、君の遺書が見つかったからだった。
 知らなかったよ。君がそんなものを投函してたなんて。
 君が居た病室も覗いたけど、綺麗に片付けられて、もう別の人が入ってた。
 驚いたよ。何故だかとてもね。



 桜の枝の蕾は、日に日に増えています。
 まだまだ咲く気配はありません。
 暖かくなる気配もまだみたいだから、日記をつけるのが早すぎたのかもしれないなんて思うよ。



 少しだけ間が空いてしまいました。
 君の桜は蕾が膨らみ始めたよ。気候も少し暖かく感じられる日があります。
 今年は咲いてくれるような気がします。
 君が言ったように花びらは赤く染まっているのでしょうか。
 もしも赤い花が咲いたら、僕は………




 日記帳を開くと、目に入ったのは最後に綴ったページだった。
 あの翌日、桜は一輪の花を咲かせていた。
 そして、今日はさらに数日が経っている。
 若い樹は今、その枝を薄紅色で染めながら風に吹かれている。
 枝が揺れるたび、ひらひらと花弁が一片落ちていく。
 心が剥がれ落ちるかのように。

 明日の天気は雨らしい。
 待ち望んだものは見られなかった。
 今年はもう、見られそうもないだろう。
 君との約束を守りたかった。
 それが見られたなら、守れる決意がつく気がした。
 だけど……

「僕にはできそうにないみたいだ」

 許して欲しい。と懇願するにはどうすればいいのだろう。
 ここに綴るだけで果たして足りるだろうか。
 そんなことを考えながら、日記を閉じて樹の根元へと歩き出す。
「許して欲しい」

 薄紅の花弁を染める方法は、君との約束を破るかたちで―――
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