紫陽花と毒
「かたつむりになりたいな」
赤い傘をくるくると回し、雨粒をばら撒きながら彼女は足を止める。
その唐突な呟きに、僕も足を止め彼女に並ぶと目線の先を追った。
鮮やかな薄紫の紫陽花。その緑の葉の上でのっそりと動く、その存在。
僕はわずかに紫陽花から身を引く。
「なんで?」
声音は努めて冷静に。そう訊ねた。
「なんとなく」
人差し指を突き立て、雫の滴る紫陽花の葉をつんと弾く。
今にも触れそうな指先に、僕の足は反射的に半歩後ずさる。
「こんなに綺麗な花に囲まれて、雨の中でも傘いらずなんて素敵じゃない?」
ふふっと彼女は小さく笑う。
「それは……そうかもしれないけど……」
そうは言いながらも、僕は内心「そうだろうか」と考えていた。
苦虫を噛み潰したような僕に気付いたように、彼女は振り返って悪戯に成功したように笑う。
けどその笑みは一瞬で消えて、瞼に赤い影を落とした。
「誰かの辛さなんて、想像してみようと思わなければわからないものよね」
ぽつりと他の雨音にかき消され、静かに流れる雨雫のように彼女は小さく零す。
その言葉の意味を考えあぐねて、僕は空を仰ぐ。
どういう脈絡がある言葉なのか。彼女を見ても、かたつむりを見ても、何を見ても、答えを出せそうにない。
「紫陽花には毒があるんですって。知っていた?」
彼女に尋ねられて、僕はただ首を横に振る。
そうしてから、
「だからかたつむりも苦しんでいるかもしれないとか、そういうこと?」
「………」
僕が聞き返すと、彼女は少し目を丸くしてから唇の両端を上げて笑う。
それがいかにも楽しげな微笑だったので、僕は一瞬目を奪われた。
「やっぱり、人のことは考えてもわからないわね」