心が望んだものは
「あ、」
一緒に帰っていた友達二人の、どちらの声かはわからない。吐息のような声。
その声に、地面を見ていた顔を上げた。
マフラーに埋もれていた口元が外気に晒され、大きく吐き出した息が白く昇る。
アスファルトを照らし始めた目がくらむほどの橙の日差しが、視界に飛び込んできた。
その陽光に照らされて輝きながら、透明な球体がゆらゆらとまだ青みを帯びた空を映し込んで浮遊する。
「しゃぼん玉……」
触ろうとしたわけではないが、無意識に手が伸びる。
空気が触れたのか、偶然か、その球体は手が届くよりも先で弾けて消えた。
それが私には少しだけ残念に思える。
ふぅ、と薄く、浅く、何度も白い息を吐く。
今日は選択の実技科目の返却があって、鞄が重たい。
にもかかわらず、先を行く二人の友人の足取りは軽い。
二人とは取っている授業が違うからかもしれない。
手にした学生鞄を持ち直した時、虹を有する透明な球体が空を昇っていくのが見えた。
白い光に縁取られた球体。ピンク、紫、青や黄色。たくさんの色に輝きながら、
小さなそれが、数え切れないほどの量で空の色を映して舞い上がる。
「どこからこんなに……」
そう呟いて、前の二人に追いつく。
ちょうど、踏み切りの遮断機が下りたところだった。
警報機が響く。
線路の向こうの遮断機の、その更に向こうから絶え間なく笑い声が聞こえる。
ガタン、がたん、
遠くから近づいてくる風を切って走ってくる電車。
線路の上をただよっていたしゃぼん玉を掻き消し、あるいは追い立てて駆け抜けていく。
その風の強さに、髪とスカートの裾を抑えた。
警報機の音が消えて、遮断機が開いて、二人と並んで線路を渡る。
「なんだ、あいつらじゃん」
一人が言って、もう一人が笑い声を上げる。
しゃぼん玉は二人の視界の先から漂って来る。
小さなコンビニの前で騒ぎながらしゃぼん玉を飛ばす、見慣れた黒い制服。
そこにいたのはクラスメイトの男子二人だった。
見覚えのあるプラスチックの小さなピンク色の容器と、太くて硬い緑色のストロー。
一人が大きなしゃぼん玉を作ろうとしては、失敗して弾ける様を、どうやら笑っているようだった。
それがとても楽しげに見えて、うらやましく思えた。
「ねえ」
思わず、声を上げた。
「私たちも―――」
二人に乞いたかった言葉は、背後で降りた遮断機の音が消し去ってくれる。
「何やってんだか」
「ね。子供か」
友達は、くすくすと笑う。
遮断機よりも近くを歩いていた二人は、異性のクラスメイトから目をそらして歩いていく。
通り過ぎようとした私たちを引き止めるように、背後で歓声が上がる。
友人は振り返らない。
ついていかなくちゃ、と思った数秒前の私は目の前で弾けたしゃぼん玉と一緒に消えて、足を止めていた。
振り返って目にした、不安定に揺れながらも形を保ち、ゆっくりと浮遊する大きなそれを見なかったことにはできない。
宙へと浮かんでは、下に下にと落ちて行きそうな渾身のしゃぼん玉を、見守るように見つめる。
飛ばした二人の視線も、それに釘付けになっている。
がたんごとん
近づいてくる電車の音と共に、再び大きなしゃぼん玉は押し上げられたように昇って行く。
振り返っても、二人の姿はもう遠いのだろう。振り向く気にもならなかった。
それよりも、小さな複数のしゃぼん玉が後から追いかけてきたみたいに、赤く染まる空に一緒に消えて行くのを、いつまでも眺めていた。