マストドン小説


 どこかに行きたい。そう漏らすと、彼女は快活に笑った。
「どこかって、どこに行くの?」
 その返しがあまりにも陳腐だったので、私は言葉に詰まる。
 落胆さえした。
「……海、とか?」
「漠然としてるなぁ」
 彼女は普段と同じに、何でもないおしゃべりのように、人好きのする笑みを浮かべている。楽しそうですらある。
 それが少し羨ましくもあり、今の気分にそぐわなくて不快ですらあった。
「一人旅ってタイプじゃないじゃない。迷子になるのが関の山だよ」
 彼女は空き缶を捨てるためにベンチを立つ。
 すぐ近くのゴミ箱にそれを軽く投げ込む。同時に、ホームに帰宅のための電車が入ってきて、彼女の制服のスカートの裾を揺らす。

 彼女は現実へ帰っていく。
 私は、彼女が笑った非現実を見に行こうか、と皮肉気味に笑ってゆっくりと缶を捨てた。

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