屍体の上には
「わたしを埋めたら、桜を植えてね」
夕暮れも終わりを告げる空の下、彼女は屈託なく微笑んだ。
彼女の背後には複数の、白とも紅とも判別のつかない花びらが無数に散っていく。
少し離れた場所に立つ僕の後ろからは、開けっ放しの自室の窓からピアノの音色が響いて来る。
つい先ほどまで、彼女に乞われるまま僕が奏で、録音したばかりのものだ。
ショパンの別れの曲。
彼女は無造作に、被っていたニット帽とウィッグを脱ぐように外して、軽く首を振った。
黒く艶やかで長い髪が、さらさらと滑るように宙を舞う。その動作すら絵のように美しいと、そう思う。
「わたしに根を張って、ぐんぐん育つの。咲く花はやっぱり赤いのかしら。楽しみね」
どこか台詞染みた口調が、やけにしっくり来るのがおかしかった。
静かに、ゆっくりと近付いて来た彼女が僕の手を取る。
その指先が、酷く冷たくてゾッとした。
とても非現実で、夢のよう。だけど、その冷たさだけが現実だと思い知らされて。
まだこれから起こる非現実を、決して忘れるなという、暗示かのように思えた。
そして、彼女はその口で、更に告げる。
「幹や枝が伸びて、蕾をつけ、花開くの。それをずっと見守ってね、貴方が」
儚げに柔らかく微笑みながら、彼女はいつも僕の心を突き落として殺す。
暗示で、呪いの言葉だ。
僕が用意した薬が、一つでないことを知っていて。
「……ああ」
それでも僕は彼女が望むままに、彼女の終の言葉に従うのだろう。
だから、掘ったのだ。
二人で一緒に。大きな、穴を。
だから、その穴には僕が君を。
「さようなら、好きだったわ」
「さようなら、僕も好きだよ」
殺して埋めよう。