夏の二人

「はあ!? もうやだって言ってんだろ!!」
 狭いリビングに、友人の怒声が響く。
 友人の後ろの窓の外では、その声に張り合わんばかりに蝉が鳴いていた。
 睨むようにこちらを見つめる目の力が、だんだんと弱く萎んでいくのがわかる。理由は、俺がだんまりを決め込んでいるからかもしれない。
「……俺だって、嫌だよ」
 苦々しく、渋々吐き出して、俺は友人に背を向ける。
 仕方が無いのだ。こればかりは。なんと言おうと、ごねようと。
「なんでだよ……」
「お前だって、本当はわかってたんじゃないのか」
「……でもさぁ!」
「往生際が悪い。良いからお前も手伝えって」
「だって……! やっぱり……俺は、俺は……!!」
 言うが早いか、
「やっぱり、もう素麺は嫌だーーーーーーーーーーー!!!!」
 大声で叫びながら、部屋を走り去ってしまう。家の外まで飛び出していったようだ。玄関の扉が強く閉まる音を聞きながら、俺は重い溜息を落とすしかない。
 肩を落とし、しばらく悩む。戻ってくるかと、玄関の外の方に耳を澄ませる。
 が、結局、鍋に湯を沸かすことにした。海苔をと葱を刻んで生姜を擦り、湯が沸いたら素麺を四束放り込む。
 すぐに麺は柔らかくほぐれてくる。茹で終えたら水で洗い、少量の冷水と氷と共に皿に盛った。
 めんつゆと、用意した薬味を小皿に並べて席に着く。
 蝉の音しか聞こえないリビング。
 玄関の方からは、何も聞こえてこない。何度も時計を確認して、溶け出した氷を眺めて、諦めた。
 観念して手を合わせた瞬間、玄関の扉を開く音と、大きな声が飛び込んで来る。
「おーい! ちょっと手伝えって!!」
 その声に立ち上がり、リビングから廊下に顔を覗かせる。友人は大きな箱を抱えて見せた。大きなおもちゃの箱のようだった。
「こいつで流し素麺にしようぜ!」
 満面の笑みでそう言った友人に呆気に取られながらも、楽しそうで満足げなその顔に、俺は何だかほっとしてしまうのだ。
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