夏の二人


 昼休みが終わり、次の授業は移動教室だった。
 教科書を教室に忘れたままだった俺は一人、廊下を小走りに急いだ。
 移動先の教室が見えた時、前を歩く女子生徒が何かを落としていった。
 足を止めて拾い上げた時、後ろから教師が俺を追い越して行く。半開きにした教室のドアの前で教師は、俺を振り返り「早く席に着け」と急かす。
 落とし物は家の鍵だった。小さなマスコットのチェーンがついている。いかにも、女子が好きそうだ。
 そっと制服のポケットに忍ばせておく。
 誰がこれを落としたのか、皆目見当がつかない。落とした人物は果たして気付いているのだろうか。周りを見渡して見ても、判明しそうになかった。
 授業を終え、続々と教室へと帰っていくクラスメイトたち。席についたまま全員を見送り席を立ち、落とし主を捜す。落とし物を捜す女子生徒を。
 教室に向かう廊下をゆっくり辿り、教室が見えてきた頃、一人の女子生徒が慌てたように教室を飛び出して来た。床を見渡しながら戻って行こうとする姿を、呼び止める。
「落とし物なら、これじゃない?」
「……そう! それ! 今気付いて……拾ってくれてたのね。ありがとう!」
「授業前に拾ったんだけど、誰が落としたのかわからなかった。探しに戻ってきてくれてよかったよ」
 鍵を手渡しながら、なんとなくそのまま一緒に教室に戻る。
 あまり女子の顔を覚えている方ではない。でも、安堵した様子で「よかった」と繰り返す女子生徒の横顔が、いつかの光景とダブって見えた。 
 最近様子のおかしい友人の言葉を思い出す。――そうだ、そういえば名前は。
「宮澤って、この前の放課後もしかして音楽準備室にいた?」
 振り返った宮澤は、虚を突かれたようだったが、すぐに頷いて笑った。
「ああ、歩武君から聞いたの? 幼馴染なんだってね」
 初めて話した宮澤という女子生徒の、その何気ない言葉を、なぜか俺はすんなり聞き流すことができなかった。
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