私しか得をしない ××しないと出られない部屋
充分な安眠をとり目覚めると、部屋は明るくなっていた。
窓もなくプロジェクターを活用しているわけでもないのに自然光のような明るさを維持している。
あくびを一つして、ベッドから降りる。コーヒーを淹れて、トーストを食べた。なんとオーブンレンジだったのだ!
トーストを食べながら、カウンターの数字と右の本棚をじっと眺める。
元来、私は特別読書家というわけでも活字中毒ということもない。
時間があれば読めない量ではないだろう。
呑気なことだが、大した苦でもない。
トーストを口に押し込み、手を洗って珈琲を喉に流す。
そしてまた、読書を再開する。
今日は新たに三冊の積読を消化しカウンターを回し終えた。
今日、と言うには正確な時間もわからないが。
タブレットを使い、読書ブログを記録して、SNSを眺める。
読んだ本のことを呟き、本のタイトルを検索していると、昨日読んだ本の作者が新刊を出していたことが判明した。
それもニ冊! 最新のものは私が知る日の半月近く前に過ぎなかったが、もう一冊に至っては一年以上も前のことだった。
思い返せばここしばらく、書店にすら足を運ぶことはなく、ネットでも最低限のチェックしかできていなかった。
読む時間があり、読書欲の高まった今、これを読めないのは口惜しい。
思いつくまま――いや、手が勝手に動いたと言ってもいい。
普段から頻繁に利用しているネットショッピングサイトを開き、未入手の作者の新刊二冊をカートに入れて決済ボタンを押していた。
決済は下りた。しかし、それならばと思った。電子書籍にすれば読めたのでは!? と。
だが、アナログで持っている作者の本はアナログで手に入れるのが私のこだわりだった。
届くはずもなく、しかしおそらく貯金から消えているであろう本代を想い、私は二夜目の床につく。
わからなくなりそうなので、夜だと判断して眠る際に画線法をベッド脇にあったメモ用紙に記録することにした。
三日目。(ということにする)
カウンターの数字が増えていた。
そして右の本棚に昨夜注文した本が陳列されている。
目を疑い、システムを訝しんだ。
恐る恐る手に取り、表紙を眺めて中を巡ってみる。
本物のように、思われた。
驚いた勢いのままスマホを手に取り、気になっていたシリーズの本、五冊を電子にて購入しようとする。
しかし、四冊目から購入できなくなった。
一日五冊なのだろうか。
そんな疑問は打ち消して、届いたばかりの本を読む楽しみに大いに耽ることにする。
新しい本の二冊を読み終え、買ったシリーズ本の一冊に栞を挟んで息をつく。
途中、プロジェクターで森林の景色を眺め、ヒーリングミュージックを流しながらコーヒータイムを楽しんだりもした。
サンドイッチを食べ、音楽をかけてバスタイムを楽しむ。
読みかけで放置していた古い雑誌が右の棚にあったので、バスタイムにはそれを消化しカウンターを減らした。
ときに音楽をかけ、ブログを書いてSNSを眺め、カウンターを減らしてはまた増やす。
そんな日を送り続けた。
本の購入は、カウンターを減らした分だけ新しく増やせることも判明した。
毎日を読書に費やし、半月分の正の時が並んだ。
カウンターは、思うようには減っていない。
だが、焦りはない。
むしろ、失っていた好奇心と意欲に溢れて止まらなかった。
読んだ本や作家について触れたものがあれば知りたくなったし、読んでないものは新たに読みたくてたまらない。
新しい本を読み終えて、それが以前読んだ別の作品を彷彿とさせれば、カウンターなど無視して読み返したくなった。
今日もこれから、この部屋に来るよりずっと以前に読み終えてある好きな作家の長編シリーズを完読したいと目論んでいる。
おそらくそれは一日や二日そこらでは済まないだろう。急いで読む必要性は感じられない。
もはやカウンターなどどうでもよくなりつつあると言っても良かった。
漫然とそんな日々を過ごしていた日、突然ドアの上に現れた緊急事態を報せるかのようなライトが点滅した。
同時に現れた電光掲示板に文字が綴られていく。
『ノコリ ニッスウ アト ○○ニチ』
という文字が読めた。
それまでにすべて読み終えないと、出られなくなるかのような内容が書かれている。
そうか。急がないといけないのか。と、残念な気持ちになった。
残り日数は、正の字を書いた数だけ同じように減っていく。
なんとなく急かされるような心地で本を読み勧めていたが、残り日数が10日を切った頃、どうせ終わってしまうならとまた新しく本を購入した。
10日あれば読み終えられる数だ。
この部屋に入ってから増えた新しい本を優先的に読みながら、カウンターの数も減らす。
部屋から出られることよりも、この時間が終わる方が惜しかった。
私はまだまだ、本が読みたい。
とうとう、残り日数の1日が終わる。
眠ったら終わりなのか、私の預かり知らぬ刻限を超えたら終わりなのかはわからない。
だからもう、今日は眠らないつもりだった。
本当に出られなくなるのだろうか。そうしたらどうなるのかが気になった。
カウンターの数字は、どうあがいてもゼロにならない。する気もなかった。
ただその瞬間まで、本をただ眺めている。
落ち着かない気持ちと、不安はあった。
やがて、電光掲示板がカウントダウンを始める。
焦らせたところで、無理なのはカウンターを見れば歴然のことなのに。
いつまでもこんな生活が続けられるわけはないのだ。カウントが終われば、よくて元の部屋。悪くて、部屋で無限供給されている物資の補給がなくなるとかだろうか。
部屋がランクダウンするとか。牢獄みたいになったりして?
そんな妄想を働かせて、その時を待つ。
結果、目に見えては何も起こらなかった。
ただカウンドダウンが終了し、電光掲示板が消えただけだった。
重たいものが落ちたような音はした。それはドア付近からしたので、近づく意味や理由がなかった。
念の為、食料と水分などのライフラインを確認する。
少なくとも、今ある分をすぐに取り上げられるということはなさそうだった。
手元に確保することを考えたが、そうしたところでなくならないという保証もない。
今すぐに消えないなら、眠ってしまったら終わるのかもしれない。起きたら食料もなくなってるのかもしれない。目を擦りながら睡眠を捨て、食料を胃に詰め込んだ。音楽をかけながら何度も読んだ本の一冊を手に、この時間と空間を楽しむ。
だが、お腹をいっぱいにしたせいで、結局眠ってしまう。しかし、起きても部屋は何も変わらなかった。
試しにネットショッピングサイトで本を購入したが、それも翌日にはいつものように本棚に届いた。
「………やった!!」
ガッツポーズを決めて、私は喜んだ。
もちろん、油断できるわけではないけれど、この生活の維持以上に嬉しいことはなかった。
それからも変わらない日々を送る。
ああ、そういえば変化したこともあった。
スマホに通知がくるようになったのだ。
家族からの着信や、メール、メッセージアプリ。
職場からのものもあった。
私の方からの返信はできないままだ。もちろん、電話も。家族からのメッセージは私の安否を心配するものばかりで、僅かに心が痛んだ。
SNSで知り合いの投稿を見られるようにもなっていた。
私はやはり行方不明として取り上げられているようだ。
けれど、そのことが私が新しく作ったアカウントで取り沙汰されることは無い。
家族からの連絡には度々胸を締め付けられたが、本を読んでいるときやブログなんかを書いているときにはむしろ鬱陶しく思えた。
会社からの連絡を見れば心は冷えたし、家族への未練も次第に薄れた。
本の世界に浸り、新しい自分の世界を構築することのほうが、今の私には有意義で大事だった。
カウンターが減らなければ、読み終えることがなければ、この時間は終わらない。
カウンターの数字をギリギリまで減らしては、増やすことを楽しんだ。
分厚い一冊は、本棚の一番上に置いたまま。おそらく開くことはないだろう。
「へぇ。フォロワーが面白いって書いてる本、本当に面白そう!」
SNSを眺め、独り言を呟く。
ネットショッピングサイトで本を購入して、眠る間際、重たい音が聞こえた。ドアの鍵が解錠された音のような確信を得る。
けれど、私はそれかろ背を向けた。
もしもこのあと、そのドアが開いたとしても。
窓もなくプロジェクターを活用しているわけでもないのに自然光のような明るさを維持している。
あくびを一つして、ベッドから降りる。コーヒーを淹れて、トーストを食べた。なんとオーブンレンジだったのだ!
トーストを食べながら、カウンターの数字と右の本棚をじっと眺める。
元来、私は特別読書家というわけでも活字中毒ということもない。
時間があれば読めない量ではないだろう。
呑気なことだが、大した苦でもない。
トーストを口に押し込み、手を洗って珈琲を喉に流す。
そしてまた、読書を再開する。
今日は新たに三冊の積読を消化しカウンターを回し終えた。
今日、と言うには正確な時間もわからないが。
タブレットを使い、読書ブログを記録して、SNSを眺める。
読んだ本のことを呟き、本のタイトルを検索していると、昨日読んだ本の作者が新刊を出していたことが判明した。
それもニ冊! 最新のものは私が知る日の半月近く前に過ぎなかったが、もう一冊に至っては一年以上も前のことだった。
思い返せばここしばらく、書店にすら足を運ぶことはなく、ネットでも最低限のチェックしかできていなかった。
読む時間があり、読書欲の高まった今、これを読めないのは口惜しい。
思いつくまま――いや、手が勝手に動いたと言ってもいい。
普段から頻繁に利用しているネットショッピングサイトを開き、未入手の作者の新刊二冊をカートに入れて決済ボタンを押していた。
決済は下りた。しかし、それならばと思った。電子書籍にすれば読めたのでは!? と。
だが、アナログで持っている作者の本はアナログで手に入れるのが私のこだわりだった。
届くはずもなく、しかしおそらく貯金から消えているであろう本代を想い、私は二夜目の床につく。
わからなくなりそうなので、夜だと判断して眠る際に画線法をベッド脇にあったメモ用紙に記録することにした。
三日目。(ということにする)
カウンターの数字が増えていた。
そして右の本棚に昨夜注文した本が陳列されている。
目を疑い、システムを訝しんだ。
恐る恐る手に取り、表紙を眺めて中を巡ってみる。
本物のように、思われた。
驚いた勢いのままスマホを手に取り、気になっていたシリーズの本、五冊を電子にて購入しようとする。
しかし、四冊目から購入できなくなった。
一日五冊なのだろうか。
そんな疑問は打ち消して、届いたばかりの本を読む楽しみに大いに耽ることにする。
新しい本の二冊を読み終え、買ったシリーズ本の一冊に栞を挟んで息をつく。
途中、プロジェクターで森林の景色を眺め、ヒーリングミュージックを流しながらコーヒータイムを楽しんだりもした。
サンドイッチを食べ、音楽をかけてバスタイムを楽しむ。
読みかけで放置していた古い雑誌が右の棚にあったので、バスタイムにはそれを消化しカウンターを減らした。
ときに音楽をかけ、ブログを書いてSNSを眺め、カウンターを減らしてはまた増やす。
そんな日を送り続けた。
本の購入は、カウンターを減らした分だけ新しく増やせることも判明した。
毎日を読書に費やし、半月分の正の時が並んだ。
カウンターは、思うようには減っていない。
だが、焦りはない。
むしろ、失っていた好奇心と意欲に溢れて止まらなかった。
読んだ本や作家について触れたものがあれば知りたくなったし、読んでないものは新たに読みたくてたまらない。
新しい本を読み終えて、それが以前読んだ別の作品を彷彿とさせれば、カウンターなど無視して読み返したくなった。
今日もこれから、この部屋に来るよりずっと以前に読み終えてある好きな作家の長編シリーズを完読したいと目論んでいる。
おそらくそれは一日や二日そこらでは済まないだろう。急いで読む必要性は感じられない。
もはやカウンターなどどうでもよくなりつつあると言っても良かった。
漫然とそんな日々を過ごしていた日、突然ドアの上に現れた緊急事態を報せるかのようなライトが点滅した。
同時に現れた電光掲示板に文字が綴られていく。
『ノコリ ニッスウ アト ○○ニチ』
という文字が読めた。
それまでにすべて読み終えないと、出られなくなるかのような内容が書かれている。
そうか。急がないといけないのか。と、残念な気持ちになった。
残り日数は、正の字を書いた数だけ同じように減っていく。
なんとなく急かされるような心地で本を読み勧めていたが、残り日数が10日を切った頃、どうせ終わってしまうならとまた新しく本を購入した。
10日あれば読み終えられる数だ。
この部屋に入ってから増えた新しい本を優先的に読みながら、カウンターの数も減らす。
部屋から出られることよりも、この時間が終わる方が惜しかった。
私はまだまだ、本が読みたい。
とうとう、残り日数の1日が終わる。
眠ったら終わりなのか、私の預かり知らぬ刻限を超えたら終わりなのかはわからない。
だからもう、今日は眠らないつもりだった。
本当に出られなくなるのだろうか。そうしたらどうなるのかが気になった。
カウンターの数字は、どうあがいてもゼロにならない。する気もなかった。
ただその瞬間まで、本をただ眺めている。
落ち着かない気持ちと、不安はあった。
やがて、電光掲示板がカウントダウンを始める。
焦らせたところで、無理なのはカウンターを見れば歴然のことなのに。
いつまでもこんな生活が続けられるわけはないのだ。カウントが終われば、よくて元の部屋。悪くて、部屋で無限供給されている物資の補給がなくなるとかだろうか。
部屋がランクダウンするとか。牢獄みたいになったりして?
そんな妄想を働かせて、その時を待つ。
結果、目に見えては何も起こらなかった。
ただカウンドダウンが終了し、電光掲示板が消えただけだった。
重たいものが落ちたような音はした。それはドア付近からしたので、近づく意味や理由がなかった。
念の為、食料と水分などのライフラインを確認する。
少なくとも、今ある分をすぐに取り上げられるということはなさそうだった。
手元に確保することを考えたが、そうしたところでなくならないという保証もない。
今すぐに消えないなら、眠ってしまったら終わるのかもしれない。起きたら食料もなくなってるのかもしれない。目を擦りながら睡眠を捨て、食料を胃に詰め込んだ。音楽をかけながら何度も読んだ本の一冊を手に、この時間と空間を楽しむ。
だが、お腹をいっぱいにしたせいで、結局眠ってしまう。しかし、起きても部屋は何も変わらなかった。
試しにネットショッピングサイトで本を購入したが、それも翌日にはいつものように本棚に届いた。
「………やった!!」
ガッツポーズを決めて、私は喜んだ。
もちろん、油断できるわけではないけれど、この生活の維持以上に嬉しいことはなかった。
それからも変わらない日々を送る。
ああ、そういえば変化したこともあった。
スマホに通知がくるようになったのだ。
家族からの着信や、メール、メッセージアプリ。
職場からのものもあった。
私の方からの返信はできないままだ。もちろん、電話も。家族からのメッセージは私の安否を心配するものばかりで、僅かに心が痛んだ。
SNSで知り合いの投稿を見られるようにもなっていた。
私はやはり行方不明として取り上げられているようだ。
けれど、そのことが私が新しく作ったアカウントで取り沙汰されることは無い。
家族からの連絡には度々胸を締め付けられたが、本を読んでいるときやブログなんかを書いているときにはむしろ鬱陶しく思えた。
会社からの連絡を見れば心は冷えたし、家族への未練も次第に薄れた。
本の世界に浸り、新しい自分の世界を構築することのほうが、今の私には有意義で大事だった。
カウンターが減らなければ、読み終えることがなければ、この時間は終わらない。
カウンターの数字をギリギリまで減らしては、増やすことを楽しんだ。
分厚い一冊は、本棚の一番上に置いたまま。おそらく開くことはないだろう。
「へぇ。フォロワーが面白いって書いてる本、本当に面白そう!」
SNSを眺め、独り言を呟く。
ネットショッピングサイトで本を購入して、眠る間際、重たい音が聞こえた。ドアの鍵が解錠された音のような確信を得る。
けれど、私はそれかろ背を向けた。
もしもこのあと、そのドアが開いたとしても。
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