私しか得をしない ××しないと出られない部屋
死ぬまでに読み返したい本と、いつか読もうと思っている本に囲まれている。
積まれた本の山の中で暮らしている。
それは、手持ちのタブレットの中にも存在していた。
読む時間が欲しい。本の中に没頭したい。それ以外のことをしない時間がほしい。
そんなことを願っていたある日のことだった。
突然、それは現れた。
「なに……? ここ」
というか、突然私がその中に現れたのかもしれない。
それは部屋だった。
私の普段住んでいる部屋では、勿論ない。
真っ白の清潔感のある部屋。
まずここはどこなのか、気になって部屋のドアノブを回す。錠が掛かっていて、ドアは開かない。
部屋を見聞する。
見覚えのあるものは、私が所有している書籍たちと、スマホとタブレットだけだ。
本は壁際の本棚の下からしっかりと納められていた。しかし本棚には余白もあった。
左右に分かれてあるが、確かに私の持つ本のすべてだと思われた。
テレビは存在しない。パソコンも無かった。
部屋の中には座り心地の良さそうなチェアと、床には例の人をだめにするというアレと折り畳みのミニデスク。角度を変えられて、本を置けるタイプ。
ベッドは介護用で使うような、上半身が起き上がるもの。角度を変えられるのがよい。
窓はないが、窓代わりにかけられたプロジェクターが綺麗な景色を映している。近くにリモコンが置いてあった。もしかしたら変えられるのかもしれない。あとで試そう。
キッチンはない。
電子レンジと湯沸かしポットが存在する。
コーヒーメーカーや飲み物も備えられていた。ティーバッグなども置かれている。
漫画喫茶のような設備である。
冷蔵庫かと思われたものは食料庫のようだ。
冷蔵庫のようでもあり、冷凍庫のようでもあり、そのどちらでもないようにも思える。どう言ったらいいのかわからない。そのような冷蔵庫を見たことがなかったので。
中には当面の食料になりそうなものが入っている。
トイレやバスルームも完備されているようだ。
しかも私の部屋のものよりも広かった。
「至れり尽くせりじゃない」
そして、壁の上部に大きく描かれた文字。
『すべての本を読み終えるまで出られない部屋』
真っ先に目に入ってはいたが、まさかと思い無視していた。
しかし、部屋を見聞し終えた今、その文字が現実味を帯びて見えてくる。
その隣には小さな電光掲示板のよう。謎の数字が書かれている。
時間だろうか? だとするなら、まだ動いてはいない。あるいは、残り日数?
一刻、仕事は無断欠勤になるのか。今は何時なのか。私は生きているのか? そんなことが頭をよぎった。
とにもかくにも読むしかないだろう。
そう結論付け、読みかけだった小説を一冊手に取り、座り心地の良さそうなチェアに腰掛けた。
読書は進んだ。
腕を上にぐん、と持ち上げ大きく伸びをする。
最初の一冊は、読みかけであったこともあってほどなく読み終えた。
一度立ち上がる。
お茶でも淹れようと考えたからだ。
その時、電光掲示板の数字がひとつ減っていることに気付いた。
なるほど、積読の数か。
紅茶を用意し、冷蔵庫?を物色して見つけた茶菓子を取り出す。クッキーだった。常温ゾーンにあった。
さて、と呟き、次の本を手にした。
一番分厚く、買ったはいいが手にするのが億劫になって読んでいなかった本だ。
場所を移して、人をだめにするというローソファに凭れ掛かって足を伸ばした。
紅茶を飲み、クッキーを口に運び、目で行を追う。
手でページをめくりかけては、また戻す。
持つのが重たくて体を横にして、床においてページをめくる。
時間をかけてはいたが、減るのはカップと皿の中身で、それが消えかけた頃、意識も遠ざかった。
気がついて目を開けると、本は横に置いたまま閉じて、その上に自分の手があった。
これは今の気分じゃないな。そう思って、棚に戻す。カウンターは当然、減らない。
何時間寝ていたのだろう。さすがに半日とか丸一日なんてことはないだろうが、結構な時間を使ってしまった気がする。
スマホを開いてみるが日付や時間は表示されていない。タブレットも同じだった。
家族にだけは、安否を知らせておいたほうがいいかもしれない。そう思い、電話をかけてみる。通じなかった。
メッセージアプリも開かない。
SNSを開いてみたが、そちらもアカウントにログインはできなくなっていた。
ログインしなくても知り合いは探せるのでは、と思いやってみたけれど、徒労に終わった。
連絡手段はない。
仕方ない。と諦め、目を覚ますためにもシャワーを浴びることにする。
さっぱりしたところで、アイスコーヒーを手に次の本を手に取ることにした。
ニ冊目の本を読み終えると、妙な満足感があった。
思えばこんな時間はいつ以来のことだろう。
気分が高揚している。おもしろい作品だったことも大きかったのだろう。
何冊か同じ作者の本を持っていて、タイトルが気になり買ったものだった。
買ったのは随分と前で、その作者の作品もしばらく読んでいなかった。
カウンターはまた1つ減っている。
次の本を読まなければと思ったが、以前読んだ作者の作品を読み返したい気持ちが強まった。
一冊ぐらいならいいだろう。
そんな欲に負けて、以前読んだ作者の本を探す。
左右に分かれた棚の、左側にあった。
さっきまでの三冊は右側にあって、目に付きやすく手の届く場所の端から順に取ったのだ。完全に無意識のことだったけど。
左の棚をよく見ると、読んだことのある本ばかりだった。
試しに、右側の本を数えてみると、カウンターの数字と一致している。
やはり読んだ本は数に入らないのか。
落胆の思いと、好奇心、単純な欲求が買って、手に取ったのは読み返したいと思った一冊になった。
一度読んでいることもあって、正確なことはわからないが早く読み終わったように感じる。
だがやはり、カウンターの数字は減らなかった。
しかし満たされた気分になったし、後悔はないと思えた。
「そうだ。せっかく積読を消化してるんだから記録しなきゃ」
本を読まなくなる以前、私は読書記録をネット上につけていた。感想ブログと共にだ。
ついでに、ネットの検索エンジンやSNS上で本のタイトルを検索し他に読んだ人の感想も知りたかった。
そのどちらも、幸いなことに規制はされていないようだった。
交流をするわけではないからだろうか。
感想ブログは知り合いの誰にも教えていない。
もしかしたら、と思い、SNSに新しいアカウントを作ってみることにした。それも難なく作成することに成功する。しかし、本名や私個人に関することを匂わせると、途端にエラーは発生した。
知り合いのアカウントもやはり、どう調べても見つかりはしない。
けれど本の内容を書き留めるメモ代わりに使えるのは嬉しかったし、同じものを読んだ人を探すのも楽しかった。
ブログをしたため終えると、疲労感を覺えていた。大きく息をついて、ベッドに入ることに決める。
「おやすみなさい」
誰にともなくそう言うと、部屋の明かりが消えた。
なんとも便利なことだ。
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