溺れる鳥と飛びたい魚
「お兄ちゃん、この辺の人じゃないねぇ。観光かい?」
カウンターの隅に座らせたヒタキは、常連さんに話しかけられ、びくりと肩を震わせた。
「あー……なんかワケありっぽいんだ。この子。そっとしてあげてね」
氷魚はカウンターの中から常連さんにそっと熱燗の徳利を差し出す。
ヒタキの前にはジュースを置く。
「飲んでて。なんか食べる?」
訊ねながら、思案する。何が食べられるのだろうか、と。
「それにしても綺麗な子ねぇ。本当に男の子なの?」
叔母さんがどこか浮ついた声で、しみじみと漏らす。
「嘘ついても仕方ないって……」
つい先刻、ヒタキを目にした時の浮かれようを思い出して、怯む。
叔父叔母夫妻も常連も、甥が彼女を連れてきた。と大騒ぎだったのだ。
「にしたってえれぇ別嬪な兄ちゃんだなぁ」
はあと感嘆とした様子で叔父も呟く。これももう何度目のことだろう、と氷魚は苦笑を漏らす。否定はしないが、と。
「観光っつっても海しかねぇが、うまい魚でも食ってけや」
叔父は続けて、大きな魚を持ち上げて見せる。
豪快にまな板に置くと、止める間もなく包丁でその頭を落とした。
「あ、ちょっ、叔父さん。その子、魚食えない……かも?」
氷魚は慌てる。
「ああ!? なんだって?」
「お兄ちゃん魚食えないのかい?」
「あら、そうなの? せっかく新鮮なのにもったいないわねぇ」
「食ってみねぇとわかんねぇだろ!」
叔母や常連さんが口々に思い思いの言葉を口にする中、叔父はあっという間に魚を捌く。器に盛り付けると、作り置きのすまし汁と一緒にヒタキの前にドンと置く。
「はい、どうぞ」
お茶碗に盛ったご飯を叔母が隣からそっと添えるように差し出した。
「ちょっと、二人とも……」
カウンターの向こうから、か細い視線を感じて、更に慌てる。
「氷魚! おめぇも飯まだだろ。ほらよ」
ヒタキの隣に同じ物が並んだかと思うと、氷魚は叔母に肩を押される。
「ささ、座って。はい。ヒオちゃんもご飯」
にっこりとカウンター越しに茶碗を差し出されて、二の句も告げずに受け取る。
伺うようにヒタキに視線を向けると、並べられた皿を前に困惑しているようだ。
氷魚はそっと耳許に口を寄せる。
「無理はしなくていいから。食べれそうなら、食べて」
小声で隣に告げて、目の前の食事と叔父夫婦に手を合わせる。
「頂きます」
椀から口へ、箸を運ぶ氷魚をヒタキはじっ、と見つめていた。
そうしてから、ゆっくりと箸を手に取る。
「使える? 箸の持ち方はこうだよ」
箸の持ち方を教えると、ヒタキが見よう見真似で椀のご飯を口に運んでいく。
うまい箸使いとはとうてい言えないけれど、それは別にいいか。と横目で様子を確認しながら、氷魚は目の前の夕飯に手をつけていく。
「ん。今日のイカうまい」
「そうだろ。今日は特に新鮮なのが入ったからな。どうだ?」
叔父がヒタキに視線を向ける。氷魚もそっと隣を伺った。
「おい、しい」
ぽつりと零すようにして呟かれたヒタキの言葉に、叔父は満足げに頷く。
それを氷魚は不思議そうに見つめていた。
カウンターの隅に座らせたヒタキは、常連さんに話しかけられ、びくりと肩を震わせた。
「あー……なんかワケありっぽいんだ。この子。そっとしてあげてね」
氷魚はカウンターの中から常連さんにそっと熱燗の徳利を差し出す。
ヒタキの前にはジュースを置く。
「飲んでて。なんか食べる?」
訊ねながら、思案する。何が食べられるのだろうか、と。
「それにしても綺麗な子ねぇ。本当に男の子なの?」
叔母さんがどこか浮ついた声で、しみじみと漏らす。
「嘘ついても仕方ないって……」
つい先刻、ヒタキを目にした時の浮かれようを思い出して、怯む。
叔父叔母夫妻も常連も、甥が彼女を連れてきた。と大騒ぎだったのだ。
「にしたってえれぇ別嬪な兄ちゃんだなぁ」
はあと感嘆とした様子で叔父も呟く。これももう何度目のことだろう、と氷魚は苦笑を漏らす。否定はしないが、と。
「観光っつっても海しかねぇが、うまい魚でも食ってけや」
叔父は続けて、大きな魚を持ち上げて見せる。
豪快にまな板に置くと、止める間もなく包丁でその頭を落とした。
「あ、ちょっ、叔父さん。その子、魚食えない……かも?」
氷魚は慌てる。
「ああ!? なんだって?」
「お兄ちゃん魚食えないのかい?」
「あら、そうなの? せっかく新鮮なのにもったいないわねぇ」
「食ってみねぇとわかんねぇだろ!」
叔母や常連さんが口々に思い思いの言葉を口にする中、叔父はあっという間に魚を捌く。器に盛り付けると、作り置きのすまし汁と一緒にヒタキの前にドンと置く。
「はい、どうぞ」
お茶碗に盛ったご飯を叔母が隣からそっと添えるように差し出した。
「ちょっと、二人とも……」
カウンターの向こうから、か細い視線を感じて、更に慌てる。
「氷魚! おめぇも飯まだだろ。ほらよ」
ヒタキの隣に同じ物が並んだかと思うと、氷魚は叔母に肩を押される。
「ささ、座って。はい。ヒオちゃんもご飯」
にっこりとカウンター越しに茶碗を差し出されて、二の句も告げずに受け取る。
伺うようにヒタキに視線を向けると、並べられた皿を前に困惑しているようだ。
氷魚はそっと耳許に口を寄せる。
「無理はしなくていいから。食べれそうなら、食べて」
小声で隣に告げて、目の前の食事と叔父夫婦に手を合わせる。
「頂きます」
椀から口へ、箸を運ぶ氷魚をヒタキはじっ、と見つめていた。
そうしてから、ゆっくりと箸を手に取る。
「使える? 箸の持ち方はこうだよ」
箸の持ち方を教えると、ヒタキが見よう見真似で椀のご飯を口に運んでいく。
うまい箸使いとはとうてい言えないけれど、それは別にいいか。と横目で様子を確認しながら、氷魚は目の前の夕飯に手をつけていく。
「ん。今日のイカうまい」
「そうだろ。今日は特に新鮮なのが入ったからな。どうだ?」
叔父がヒタキに視線を向ける。氷魚もそっと隣を伺った。
「おい、しい」
ぽつりと零すようにして呟かれたヒタキの言葉に、叔父は満足げに頷く。
それを氷魚は不思議そうに見つめていた。
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