溺れる鳥と飛びたい魚
氷魚が目を開けると、日は傾いて部屋は薄暗かった。うっすらと赤い空が、窓の向こうに見える。
驚き、慌てて目を開いて身体を起こそうとした時、左腕が重く痺れていることに気付いた。
視線を向けて、改めて状況を飲み込む。
「やば……。寝ちゃってたか」
壁際に置いたデジタル時計を確認して、更に溜息をつく。17時はとうに過ぎている。
隣で安らかな寝息を立てて眠るヒタキの頭を軽く持ち上げ、左腕を抜く。
その動作に気付いてしまったのか、ヒタキは軽い身じろぎの後、指で目をこする。
うっすらと開いた深海の瞳がゆっくりと眠そうな瞬きを繰り返して、氷魚を見上げた。
「ごめん、起こして。……というか、寝ちゃって」
前後の記憶があまりなかった。
おそらく、ヒタキの頭を撫でているうちに、布団に倒れかかってそのまま寝てしまったのだろう。
氷魚の言葉に、ヒタキはゆるく首を振る。
「ヒタキ、俺ちょっと行かなきゃ。ヒタキは? 帰んなくていいの?」
氷魚の声に目をしっかりと開き、頭を持ち上げたヒタキはゆっくりと、もう一度、首を振る。
「そっか。ここにいてくれてもいいんだけど、……一緒に行く?」
すぐに帰ってくるから待ってて。と言おうとした言葉を、氷魚は飲み込んだ。ヒタキの表情がひどく沈んだように見えたからだった。
昨夜は自分が点けた灯り。掛けた暖簾を潜る。
いつもの常連さんが真っ先に振り返る。
「お待ちかねだよ」
カウンターと氷魚を交互に見て、こちらに向かって言った。
「叔父さん、叔母さん。ごめん、寝坊した」
開けっ放しのドアから顔を覗かせると、憮然とした叔父がちらりと一瞥を寄越す。
奥からぱたぱたと慌てた様子で叔母が駆け寄ってくる。
「ヒオちゃん! よかったわ……朝から一度も音沙汰なかったから、様子を見に行こうかって話してたの」
「ったく。子供じゃねぇんだから行く必要ねえっつったろ!」
奥から呆れたような怒声が飛んでくる。
「来たならさっさと入れ」
叔父に言われ、目の前の叔母にも「さあ」と促される。
氷魚は自分の背後を気にして、目を泳がせた。
「あー……っと、叔父さん叔母さん。連れ、がいるんだけど……」
ちらりと後ろに目線をやる。が、視界に同行者の姿は映らない。叔父と叔母の二人に向かって、人差し指を後ろに向けた。
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